〈冬木小袖〉修理レポート・5【仕立て】
尾形光琳が秋草模様を描いたきもの、〈冬木小袖〉を皆様のちからで未来につなぐ、〈冬木小袖〉修理プロジェクト。シリーズで文化財修理が進む様子をレポートしています。
前々回、前回とお話をしてきた表地の補修が終わり、いよいよ修理は「仕立て」の工程へと移ります。修理にあたって解体された〈冬木小袖〉は元のきものの形へと仕立てられていくことになります。
表地を裏側から見る機会もこれで最後。あらためて補修箇所を裏側から見せていただきました。
写真は左の前身頃を裏側から撮らせていただいたものですが、場所によって糸の色を変えて、丁寧に補修が施されていることがわかります。
表地は全体的に劣化が進んで大変脆弱になっているため、修理前の段階では、絵画表現の上で鑑賞の妨げとなっていても外すことができない旧補修糸が多くあることが想定されていました。しかし、作業と並行して検討を進める中で、当初の想定よりも糸を外す箇所を広げることができることとなりました。
予定の工期を延長し、修理完了も今年末から2023年3月と少々遅れることとなりましたが、光琳が自ら筆をとった描絵部分の鑑賞性を高めることは、今回の修理の重要なポイントのひとつ。
それが修理工房の皆様の細やかな仕事によって実現されていることが、この裏側の画像からも感じられます。
こうして表地の裏側を見ることができるのは、解体を伴う修理だからこそ。修理が進むともう見られないので、なんだか名残惜しい気もしてきますが、本題の「仕立て」作業のほうへと移って参りましょう。
今回も衿(えり)付けにかかる作業の様子を動画で撮影してきましたので、まずはご覧ください。
【#ふゆきものP】尾形光琳が秋草模様を描いたきもの〈#冬木小袖〉の文化財修理もいよいよ終盤。修理にともない解体したきものを元の形に縫っていく、仕立て作業をご覧ください。文化財への負荷軽減のため、解体時にあえて残したふるい糸を目印に、ふるい針穴をたどって新しい糸で仕立てます。 pic.twitter.com/NVT7bf52n8
— ぶんかつ【文化財活用センター】 (@cpcp_nich) December 17, 2022
何度立ち会っていても、目の前で進行する修理作業を撮影するのは緊張します。
音声は録音しないとわかっていても、やはり声は出せずじっと固唾をのんで見守っていました。
補修の際とは違い、どうしても手で持ち上げながら縫っていく必要があり、修理作業の中では一番、作品への負荷がかかります。修理技術者の方もひときわ気をつけて作業する工程だ、とおっしゃられていました。
〈冬木小袖〉の表地は脆弱化しており、通常の和裁のように縫い縮んだ生地を手で扱(しご)くことはできないので、慎重に糸を引きながら、一針一針、作業は進んでいきます。
衿の仕立てにあたり、解体や補修の際と同じように作業をする箇所以外は薄葉紙で保護されていますが、腕やひじできものが擦れることがないよう、作業は腕を浮かせたまま手元をのぞき込むような姿勢で行なわれます。
この姿勢、皆さん一度試しにやってみてください。
そのままの姿勢でさらに手元で細かな作業を行なう、となると肩や首回り、上半身にかなりの負担がかかってくるのがわかると思います。
修理技術者の方は淀みなく行なわれているので、自然な所作のように見えますが、私なんかがやろうとすると、だんだんひじが下がって、知らず知らずきものを擦ってしまいそうです。もちろん実際の作業中にはそんな不安を感じさせる場面は全くありませんでした。
修理の作業に関わられる皆さんはいつも落ち着いて、文化財の安全に気を払って作業をしておられます。きっと私が気付いていないことも含めて、作業に伴う危険性はひとつひとつ事前に考慮されて作業工程のなかに反映されているのでしょう。
さて、作業の様子を見ていると、時折、作業の手を止めて、紙を当てながらなにかを確認していることに気づきました。
何を確認しているか、おわかりでしょうか?
以前の記事「〈冬木小袖〉修理レポート2・【解体作業】」のなかで、解体時に「あえて残してある」古い糸についてご紹介しました。針穴の位置に目印となる古い糸を残しておくことで、再度仕立てる際に表地に新しい穴をあけて余計な負担をかけないようにするための工夫なのですが、写真の紙はさらにそれを紙に書いて記録したもの。
こうして進捗状況に合わせてきものに当てて確認を行ないながら作業を進めているのだそうです。
紙には記録写真だけではわからない針穴や糸の渡り方について、細かなコメントなどが添えられていました。
これでもかと、目の当たりにする丁寧なお仕事にただただ頭が下がるばかり。
今回に限らず、見せていただく作業は毎回目の前で流れるように進んでいくのですが、しっかりとした記録や事前の準備が整えられている結果なのだな、とあらためて感じ入りました。
古い穴と穴をたどりつつ新しい仕立て糸が入り、古い糸が外されていく様子を見ながら、なんとなく私の頭の中に「伏線回収」という言葉が浮かんで、「いや違うな」と消えていったのですが、皆さんと共に見守ってきたこの修理もいよいよ終盤。
今後、この表地には裏地が縫い合わされることになっています。裏地は解体の際に外されたものではなく、今回の修理にあわせて新たに作製したものが使用されます。
さて、このたび新調する裏地はどのようなものか。また次回、お楽しみに。
過去の〈冬木小袖〉修理レポートもどうぞご覧ください。
▷関連ブログ「〈冬木小袖〉の修理が始まりました」の記事を読む
▷関連ブログ「〈冬木小袖〉修理レポート・2【解体作業】」の記事を読む
▷関連ブログ「〈冬木小袖〉修理レポート・3【補修作業】」の記事を読む
▷関連ブログ「〈冬木小袖〉修理レポート・4【続・補修作業】」の記事を読む
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- 2022年12月22日 (木)