ぶんかつブログ

〈冬木小袖〉修理レポート・3【補修作業】

尾形光琳が秋草模様を描いたきもの、〈冬木小袖〉を皆様のちからで未来につなぐ、〈冬木小袖〉修理プロジェクト。

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現在、修理工房で行なわれている〈冬木小袖〉の本格修理については、過去のブログでもご紹介してきました。

▷関連ブログ「〈冬木小袖〉の修理が始まりました」の記事を読む

▷関連ブログ「〈冬木小袖〉修理レポート・2【解体作業】」の記事を読む

3回目となる今回は、折れシワの緩和と、表地の補強のお話です。
〈冬木小袖〉の修理で、損傷部分ごとにどのような補修作業が行なわれているか、その一部をご紹介しましょう。

まずは、折れシワの処置について。
日本の着物は、伝統的なたたみ方があり、折り目正しくたたむことが良い、とされてきました。たたむことが基本である以上、折りたたまれる部分のシワはどうしても発生します。文化財保存上は、折りたたまないで保管するのが一番理想的とされていますが、収蔵スペースの問題があって、なかなか難しいというのが多くの日本のミュージアムの現状といえるでしょう。〈冬木小袖〉も作品に負担がかからないよう十分配慮しながら、部分的に折りたたんだ形で収蔵されています。
見た目の問題のほか、シワの部分は傷みやすくなるので、状況に応じて処置が必要となるのですが、〈冬木小袖〉は全体としてシワが少なかったものの、今回は衿まわりの衽(おくみ)の縫い代のシワをとる処置を行なうことになりました。

また、表地の裾の縫い代部分にも、折れシワを伸ばす処置が行なわれました。これは修理に伴う解体のなかで、同部分に絵が隠れていたことがわかったことによるものです。


縫い代部分に隠れていた絵

東京国立博物館(トーハク)に残る古い収蔵品目録によれば、明治期に購入された当初には、〈冬木小袖〉に裏地はついておらず表地のみの状態であったとされます。展示ができるように裏地をつけてきものの形に仕立てた際に、縫い代が必要だったため、やむを得ず、このような仕立をしたのでしょう。

文化財の場合、シワ伸ばしは、アイロンの熱でシワを伸ばす、という訳にはいきません。作品に水分で湿らせた不織布をあて、シワを緩めた後に乾いた不織布で湿り気をとる、という作業をシワが伸びるまで根気よく行ないます。絹は吸水性がよい一方で、水分を吸収すると傷みやすくなってしまいます。少しずつ、慎重に進められる作業です。


最後は重しを置き、シワを伸ばした状態を保ちます

続いては、弱っている表地の補強についてです。

〈冬木小袖〉は、尾形光琳が絹地に秋草を描いたきものですが、絹は言うまでもなく蚕が繭を作るために吐いた生糸からできています。生糸の主な成分はセリシンとフィブロインという2種類のタンパク質成分です。精練という作業で、表面を覆っている硬いセリシンを取り除くことで、絹特有の光沢や滑らかさが出ますが、この精練によって絹は摩耗や水分に弱くなります。また、主成分がタンパク質である以上、現代の科学をもってしても時の経過による劣化を避けることができません。
染織品の劣化・損傷には、光や熱、摩擦や染料等による化学変化などさまざまな要因が絡んでおり、損傷状態により必要な修理は異なります。しかしいずれの場合においても劣化し弱くなった絹をもとの強さに戻すことはできないため、いかに劣化部分をサポートするかが重要となります。

補強方法の一つが、補修裂と補修糸による繕い。擦れてひざが出てしまったズボンに生地をあてるイメージで、ぜい弱化した本体の裏側から補強用の裂をあてて繕っていきます。使われる糸は、本体の絹地の風合いに合わせて太さや撚りの強さが調整され、劣化した染織品に余分な力がかからないように細心の注意が払われます。
もう一つ、染織作品の損傷状況によっては、和紙による裏打ちという方法も取られます。トーハクの法隆寺献納宝物の裂(きれ)の修理に採用されており、大変ぜい弱になっている部分の補強として有効ですが、絹本来の風合いは失われます。

作品の補修にあたっては、安全に取り扱えるようになることはもちろん、美しさを損なわないことにも留意します。
とくに〈冬木小袖〉は染織品としても、さらに尾形光琳筆の絵画としても重要な作品です。現時点で絵画表現の鑑賞の妨げになっている、昔の修理で施された補修の縫い目を、どのように改善することができるかという検討には、修理監督の際に多くの時間が割かれました。


旧修理による並縫いの縫い目が目立っている様子

今回の修理では、検討の結果、できる限り絵画表現上の旧補修糸は取り除き、新しい補修糸を入れることになりました。
ただ、〈冬木小袖〉は表地の損傷が著しく、経糸が欠失し、緯糸のみになっている部分もあり、部位によっては旧補修糸を外せない部分があること、外せる部分であっても新たな補修糸と並行して裏打ちが必要な部分があることも調査の中で見えてきました。今回は、極薄の楮紙(ちょし)での接着補強という方法も部位によって用いられています。極薄の楮紙を使うことによって、絹の風合いを残すことができます。

ところで、前回のブログの最後に、「新しく補修を行なう際の糸…について再度検討が行なわれた」と書いてあったのを覚えておいででしょうか。〈冬木小袖〉が絵画的要素を持った染織作品であるということは、特に補修糸の入れ方の検討の際に議論となりました。
通常、絵画の修理では、オリジナル部分と後補となる修理箇所を判別できるようにしつつ、鑑賞性と全体の統一感を損なわないように補彩が行なわれます。
他方、染織の修理では鑑賞を妨げないよう、作品の部分に応じてなじむ色の糸を選択するのが一般的です。
また、染織品の場合、補修糸は表地と裏に当てる補修裂を綴じつける役割があり、場合によっては同じ色の糸で絵柄を跨いで糸を入れる必要もあります。例えば、菊の葉っぱの色に合わせて、黒い補修糸で境界部分を補修すると、黒い補修糸が葉から白地の部分にはみ出してギザギザとした仕上がりになってしまう恐れもあります。そうすると、元の光琳の筆づかいを感じることは難しくなってしまうでしょう。

絵画としての側面と染織としての側面、そのバランスをいかにとるのか。
関係者での検討の結果、今回は絵の輪郭や色に影響が出ないよう、部位に応じて色糸の色を選択することになりました。補修されたことがわかるが作品には違和感なくなじむ色の糸が数種類選ばれ、部位ごとに使用されています。

さて、下の図の丸の部分が、先行して補修が行なわれた部分です。

いかがでしょう? 右側の花に比べてよりクリアに絵画表現を鑑賞できるのではないでしょうか?
補修にあたっては、糸の色のほかにも、旧補修糸より細い新補修糸を使い、綾地の経糸方向に沿うように縫うなど、さまざまな技術や工夫が施されているとのこと。

修理後の〈冬木小袖〉が一体どんな姿を見せてくれるのか、私の中での期待感がまた一つ高まった気がします。今後も作業の進捗を皆様と一緒に見守って参りたいと思います。