ぶんかつブログ

〈冬木小袖〉修理レポート・2【解体作業】

尾形光琳が秋草模様を描いたきもの、〈冬木小袖〉を皆様のちからで未来につなぐ、〈冬木小袖〉修理プロジェクト。

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〈冬木小袖〉は、現在修理工房にて本格修理が行なわれています。
前回は、第1回の修理監督の様子をお伝えしました。

▷関連ブログ「〈冬木小袖〉の修理が始まりました」の記事を読む

修理監督後も、修理のための〈冬木小袖〉の解体作業は慎重に進められてきましたが、とうとう、表地と裏地が離れる日がやってきました。いよいよ左袖の一部を残すのみです。

6月頭、この機会に合わせて作業風景の撮影を行ないました。
文化財修理の現場を皆様に知っていただく貴重な機会、とはいえ、修理作業を撮影するということは、例えるならば手術中の手術室に入って撮影を行なうようなもの。機材や人数を最小限にとどめ、安全第一を心がけます。


筆者も撮影者も緊張しています。


左袖の解体が始まります。小袖の脇に置かれているのは、作業に使われるピンセットとハサミ。

撮影したのは、前袖を裏面が見える状態まで開くという一連の作業。
仕立ての糸を、一目一目切って解体していきます。

動画からも伝わる緊張感。見ていると思わず無言になってしまいます。

動画ではスムーズに作業が進んでいますが、これは作業前に縫い目がどのようになっているかきちんと調べているからこそ。「見えている糸がきものとして仕立てるための本縫いの糸なのか、形を整えるために施されていた仕付け糸なのか」、「糸のわたり方はどのようになっているのか」、縫い目をよく観察し作業工程を事前に整理しておくことが重要なのだそうです。


作業後の表地。ほどいた糸が付いたままになっています。

解体作業後の写真をご覧になって、「糸はこのまま?」と不思議に思われた方もいるかもしれません。
実はこれ、「あえて残してある」のです。修理のために解体をしたということは、修理が終われば再び縫いつける必要があるということ。仕立て直す際に、残すことで作品の負担になるものは縫いながら取っていくことになりますが、古い糸が残っていれば、元の針穴の位置や糸運びがわかり、表地に新しい穴をあけて余計な負担をかけることなく仕立てことができる、というわけです。
言われてみれば納得。

と、ここまで聞くと、「仕立て直す際に取った、その古い糸はどうするの?」と気になる方もいらっしゃるでしょう。
答えは「作品と一緒に保管する」です。修理の際に取り外された補修裂や糸なども作品に関連する資料として、大切に保管されます。
日本の文化財の多くは素材が脆弱なため、光や熱、温湿度の変化など、さまざまな要因によりどうしても劣化が避けられません。今回修理を終えた〈冬木小袖〉も100年後には再び修理が必要となる可能性が高いのです。同じ担当者がふたたび〈冬木小袖〉を修理することはおそらく難しいでしょう。
もしかすると、技術の進歩により次の修理の機会には今回とは別のアプローチがとられる可能性もあります。こうした過去の補修材料は生きた資料として、未来の修理における貴重な手掛かりになるでしょう。
今回撮影された映像もその一つとなってくれるとよいな、と思う次第です。


解体を終え、表地と裏地が離れた〈冬木小袖〉。

当日は2回目の修理監督も行なわれ、前回課題となった新しく補修を行なう際の糸や補修の方法などについて再度検討が行なわれたほか、新調する裏地についても新たに協議されました。
解体が終わると傷みの激しい表地の補修、剥落が懸念されている秋草模様の葉脈部分の金泥など絵具の処置が始まり、修理は新たなフェーズに入ることになります。今後も作業の進捗に合わせて、状況をご報告していきたいと思います。