〈冬木小袖〉修理レポート・4【続・補修作業】
尾形光琳が秋草模様を描いたきもの、〈冬木小袖〉を皆様のちからで未来につなぐ、〈冬木小袖〉修理プロジェクト。
シリーズで文化財修理が進む様子をレポートしています。前回のブログで補修糸の弱っている表地の補強についてのお話をしましたが、今回は実際の作業の様子をご紹介します。
百聞は一見に如かず。実際に〈冬木小袖〉を補修している作業を撮影しましたので、まずは動画をご覧ください。補修裂(きれ)をすくうように針を入れて表地に補修を施していく大変細やかな作業をしているのがわかりますか?補修作業に使用されている糸や針は非常に細いので、これだけ近づいてもさらに目を凝らしてみないとわからないかもしれません。
【#ふゆきものP】#冬木小袖 の文化財修理現場から、補修作業の様子をご紹介。細い糸を使って、ぜい弱化した本体に裏側から補強用の裂(きれ)をあてて繕っていきます。余分な力がかからないよう、細心の注意をはらって進められる作業をどうぞご覧ください。 pic.twitter.com/Za2fzkTjpL
— ぶんかつ【文化財活用センター】 (@cpcp_nich) June 6, 2022
動画の撮影は解体作業以来2回目ですが、繰り返し行なわれる細かく丁寧な作業を撮影させていただくのは、撮影する側も非常に緊張します。
この動画で作業がされているのは、〈冬木小袖〉左袖の白地部分。
赤丸部分がこの動画での修理箇所(画像は修理前のもの)
袖の重みがかかる部分でもあり、東京国立博物館に収蔵されたころに行なわれたとされる旧修理においても、特に綿密な補修がなされたことが見てとれます。
今回使われている針は、日本刺繡の大細(おおぼそ)、という機械造りの針の中では一番細い針。大きな針穴を開けないよう細い針が使われていますが、あまり細すぎると折れたり曲がったりしてしまうため、細ければ細いほど良いというものではなく、修理するものに合わせて選ばれているそうです。
こうした補修作業は、きものの生地の厚みによっては、生地をのせる台を高く上げて、上下両側から針を刺すように作業する場合もあるそうですが、〈冬木小袖〉のような薄い生地のきものの場合には、台に置いたまま補修が行なわれるそうです。作業している場所を囲っている枕のような白い塊は「重し」。
作業中、生地は動いてしまいやすいので、作業エリアを重しで固定することによって、表地と補修裂のズレを防いでいるそうです。
突然ですが、ここでクイズです。
この重しの中身、意外なものが入っているのですが、さて何が入っているでしょうか?
正解は・・・。
「散弾銃の弾」!
写真提供:株式会社 松鶴堂
取り扱う際に聞こえるザラザラという音はそば殻の枕を思わせますが、手に持ってみると鉛製なのでずっしりと弾丸としての重みを感じます。
とはいえ、そこは文化財の修理に使われるもの。弾丸として使用されるものはオイルでコーティングされていますが、その処理をしていないものを特注しているそうです。
散弾銃の弾を使う利点は、粒状の鉛であること。粒状のものを使うことによって、生地の凹凸に沿って形を変えられるほか、必要な重さに調整ができるという利点があるのだとか。
素材を聞くと、ちょっとびっくりしますが文化財に負担をかけないために選ばれているものなのですね。
しばらく作業の様子を見ていて、高校家庭科レベルの裁縫の知識しかない私に、疑問が一つ。
―――縫い始めるときに「玉結び」って作らないんでしょうか?
修理技術者の方によると、糸には玉結びを作らず、返し縫いを行なって留めているそうです。その理由は、主に2つ。
一つは後世の修理のため。文化財は定期的な修理が必要となるもの。ガチガチに留めてしまうと、今後修理が必要となった際にひとつひとつ外さなければならず、その作業自体が作品に負担をかけることにもなりかねません。もう一つは、生地が引き攣れて(つれて)しまうことを防ぐため。引き攣りが生地に負担をかけると、かえって作品を傷めてしまう可能性もあります。
修理の現場でお話を聞くと、作業方法や使われる道具のひとつひとつに理由があることに、「なるほどなるほど」と頷くばかり。
ちなみに、この際なので余計な質問をもう一つ。
―――作業時って、ずっと正座なんですか?
「姿勢が安定するので作業中はずっと正座ですね。慣れます。」とのこと。 修理技術者を目指す皆さん、長時間の正座に慣れておいたほうがいいかもしれません…。
撮影後には、今回も関係者による修理監督が行なわれました。
まず、旧補修糸を新しい補修糸へと入れ換える作業について、状況を確認。
作業の進捗により、さらに広範囲にわたって補修糸が作品になじむ新しい糸へと置き換わり、絵画表現がよりクリアに感じられるようになってきていることが、私の目にもはっきりと感じられました。
上が旧補修糸、下が新補修糸
写真提供:株式会社 松鶴堂
また、前回のブログでご紹介した、表地の裾(すそ)の縫い代部分に隠れていた絵柄をどのようにするかについても、再度検討が行なわれました。
発見された絵柄をすべて見せることができるか、研究員や修理技術者による協議が続けられてきたところですが、今回行なわれた修理監督において、修理を開始する前と同じ裾線とすることが選択されました。
解体後の〈冬木小袖〉全体
裾線の検討(検討のために裏地が仮縫いされています)
理由は、裾のラインを変えて仕立てることにより、大きく手を入れなければならず、作品に負担をかける恐れがあるためです。
絵柄をすべて出すと、表地の断ち切り線が見えることになるのですが、この端から糸がほつれないように補修糸で抑えなければいけなくなります。さらに、裾にかけての部分はきもの自体の重みがかかる箇所なので、将来的なたるみによる影響も心配されます。これを防ぐためには、表地の生地端から背にかけて、表からも見える糸綴じを足して補強を施す必要が出てきます。そのためには、オリジナルの表地に余分に針を加え、せっかくクリアになった絵画表現上にも広範囲にわたって補修糸を通さなくてはなりません。解体をした事で見つかった縫い代の光琳の絵は、写真での記録をしっかりと残し、今回の修理の趣旨や将来にわたっての安全性を考えて、元の裾線で再度仕立てることとなりました。
作品の魅力を損なうことなく、後世に安全に引き継いでいくためにはどうしたらよいか。文化財修理はこうした検討を積み重ねながら進んでいきます。
大切に受け継がれてきた文化財をさらに未来に伝えていくために、培われてきた技術と最新の知見を生かして進んでいく〈冬木小袖〉の修理。
引き続き完了まで、皆さんと一緒に見守って参りたいと思います。また次回。お楽しみに。
過去の〈冬木小袖〉修理レポートもどうぞご覧ください。
▷関連ブログ「〈冬木小袖〉の修理が始まりました」の記事を読む
▷関連ブログ「〈冬木小袖〉修理レポート・2【解体作業】」の記事を読む
▷関連ブログ「〈冬木小袖〉修理レポート・3【補修作業】」の記事を読む
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- 2022年06月09日 (木)