江戸時代の文人たちの憧れ、楊文驄と中国絵画
明王朝末期の官僚にして文人画家、楊文驄(よう ぶんそう、1597~1646)。
明王朝が滅びた後も清王朝と戦い続けたその生きざまから、日本では武士道と重ね合わされて尊敬を集めた人物です。
そんな楊文驄に関する展覧会「中国絵画への憧憬―楊文驄「江山孤亭図」と江戸時代の文人たち―」が埼玉県の遠山記念館にて開催されています。(11月16日(日)まで)

遠山記念館の美術館 外観

▷「中国絵画への憧憬―楊文驄「江山孤亭図」と江戸時代の文人たち―」の開催概要を見る
本展は、文化財活用センター〈ぶんかつ〉が作品輸送費等を支出し、東京国立博物館・京都国立博物館・奈良国立博物館・九州国立博物館・東京文化財研究所・奈良文化財研究所が所蔵する各地域ゆかりの文化財を貸し出す「国立文化財機構所蔵品貸与促進事業」による、令和7年度の展覧会です。
▷貸与促進事業とは
東京国立博物館と京都国立博物館から楊文驄の絵画作品6件をお貸し出ししています。
それでは早速、会場へ向かいましょう!
遠山記念館は、日興證券(現SMBC日興証券)の創立者・遠山元一(とおやま げんいち、1890~1972)が母のために建てた邸宅と日本庭園、そして重要文化財6点を含む美術・工芸品を保存公開する美術館からなる施設です。

長屋門
入口である「長屋門」をくぐり、右手に見えてくるのが、本展の会場となっている美術館です。
特別展「中国絵画への憧憬―楊文驄「江山孤亭図」と江戸時代の文人たち―」展は二つの章で構成されています。

第一章の展示風景
第一章では、楊文驄自身とその作品について展示・紹介しており、日本国内に所蔵されている楊文驄の絵画作品をほぼ網羅する計10作品が一堂に会します (期間中展示替えあり) 。

重要美術品 江山孤亭図 楊文聰筆 明時代・崇禎16年(1643) 遠山記念館蔵
なかでもみどころは、10年ぶりの公開となる重要美術品「江山孤亭図(こうざんこていず)」(遠山記念館蔵)。
水分の少ない、掠れたような線で木々や遠くの山岳が描かれ、そのタッチは日本の文人画には見られないような荒々しさを持っています。
本作品は、江戸時代の文人画家・山本梅逸(やまもと ばいいつ、1783~1856)が家財を売り払って購入し、儒者・賴山陽(らい さんよう、1780~1832)が本作を自宅に迎える際に武士の礼装である裃(かみしも)姿で対応したという伝承を持ちます。
その後も本作の箱や袋などに多くの文人たちが賛(作者や絵の内容に対する評価や賞賛)を寄せたという、まさに日本の文人たちにとっての「憧れ」であった一作です。
(本作品に対する文人たちの熱い思い…詳しくは第二章にて紹介されています!)

渓亭山色図 楊文驄筆 明時代・崇禎10年(1637) 京都国立博物館蔵
こちらは京都国立博物館よりお貸し出しの「渓亭山色図〈けいていさんしょくず〉」。
近景に木々と東屋、遠景に山岳を配し、その間の余白で大河を表現した、「江山孤亭図」と似た構図の作品です。木の幹と葉、または山肌と木々といった違う質感のモチーフたちが、墨の濃淡を生かして描き分けられています。
画面右上の自題にある「巽甫社仁兄(そんほしゃじんけい)」は、嘉定(現在の上海市北西)の文人で、のちに清軍と戦い殉死した人物、馬元調(ば げんちょう)(字(あざな)巽甫)とされています。
本作はその「巽甫社仁兄」のために描かれた作品だ、と自題に書かれており、楊文驄と文人たちとの交流を伝える作品でもあります。

山水図巻 楊文驄筆 明時代・崇禎元年(1628) 東京国立博物館蔵 の展示風景
こちらは東京国立博物館よりお貸し出しの「山水図巻」。自題によると、楊文驄が「石田」という人物のために描いたものだといいます。
長い画面に江水と山洞が繰り返し描かれ、巻末には2人の人物が。

「山水図巻」の巻末付近
彼らは楊文驄と石田なのでしょうか…想像が膨らみます。

第二章の展示風景
続く第二章では、「江山孤亭図」の箱や軸を包む袋などの付属品と、それに賛を寄せた日本の文人たち―先述の山本梅逸や賴山陽、梅逸の兄弟弟子である中林竹洞(なかばやし ちくとう、1776~1853)らの作品を展示しています。

「江山孤亭図」付属品の袋
こちらは、かつて「江山孤亭図」が入れられていた絹製の袋。
そこには、関西で活躍した文人画家・岡田半江(おかだ はんこう、1782~1846)を含む総勢17名による賛がぎっしりと書かれ、文人たちがいかに楊文驄と「江山孤亭図」を尊んでいたか、その熱量が伝わってきます。

重要文化財 春靄起鴉図 岡田半江 天保12年(1841) 遠山記念館蔵
そしてその隣に展示されているのは、岡田半江による重要文化財「春靄起鴉図(しゅんあいきあず)」。
このように第二章では、各付属品の隣に、そこに賛を書いた文人自身の作品を展示しています。
第二章には他にも、遠山元一が文人画好きの母のために購入した渡辺崋山(わたなべ かざん、1793~1841)の作品なども展示されています。
第一章に展示されている楊文驄の作品と、第二章に展示されている日本の文人たちの作品。本展では両者を通して、江戸時代の文人たちの間における一人の傑出した中国の文人画家の受容の様子を具体的に知ることができます。また、本展の担当学芸員・依田さんからは、「中国と日本の一級の文人画を見比べることで、筆のタッチなど、中国と日本の文人画の違いを感じるという楽しみ方もできます」といったお話を伺いました。皆様もぜひ、会場で実際にご覧になり、その違いを感じて頂けたらと思います。

遠山邸
また、展覧会の鑑賞とともに、建築様式を異にした3棟からなる大邸宅で、昭和を代表する近代和風建築として平成30年(2018)に重要文化財に指定された「遠山邸」と、四季折々の花が楽しめるように工夫された回遊式の日本庭園もぜひ見学してみてはいかがでしょうか。

邸宅内はさまざまな意匠が凝らされています。

大広間から眺める庭園
「中国絵画への憧憬―楊文驄「江山孤亭図」と江戸時代の文人たち―」展は11月16日(日)まで。どうぞお見逃しなく!
※本ブログにおける作品名称および制作年の表記は「中国絵画への憧憬―楊文驄「江山孤亭図」と江戸時代の文人たち―」展で使用されている表記です。
※本ブログの会場・作品の写真は許可を得て撮影しました。
中国絵画への憧憬―楊文驄「江山孤亭図」と江戸時代の文人たち―
会期 2025年10月4日(土)~11月16日(日)
会場 遠山記念館 (埼玉県比企郡川島町白井沼675)
開館時間 午前10時~午後4時30分 ※入館は午後4時まで
休館日 月曜日、10月14日(火)11月4日(火) (10月13日、11月3日は開館)
入館料 <特別展>大人1,000円(800円)、学生(高校・大学)800円(640円)
※中学生以下は無料 ( )内は20名様以上の団体料金
※障害者手帳をお持ちの方は 200円割引となります。
遠山記念館・公式サイト https://www.e-kinenkan.com/index.html
遠山記念館・Instagram https://www.instagram.com/e_kinenkan/
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- 2025年10月23日 (木)