保存担当学芸員研修(基礎コース)の現状
令和5年(2023)7月31日(月) から8月4日(金) の日程で令和5年度第1回目の博物館・美術館等保存担当学芸員研修(基礎コース) を開催しました。保存担当学芸員研修についてはこのブログでも何度か紹介していますが、今回は少し具体的な内容についてお話します。
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過去のブログ記事にもある通り、この研修はもともと昭和59年度(1984) から現在の東京文化財研究所(以下、東文研) がミュージアムで資料の保存を担当している学芸員を対象に、年に一度、2週間のスケジュールで開催してきました。文化財活用センター〈ぶんかつ〉の発足後の令和元年度(2019)と令和2年度(2020) の2か年は東文研との共催として、令和3年度(2021) からは〈ぶんかつ〉単独で「基礎コース」を年2回1週間のスケジュールで開催してきました(東文研では過去にこの研修を受講したことがある方を対象に「上級コース」を開催しています) 。令和5年度の今回は基礎コースになってから3年目となり、1回目終了時点で83名が修了されています(手元の資料では昭和59年(1984) からの累計で1,006名となっています) 。
研修への応募状況
現在、この研修は「全国の博物館、美術館等、行政機関等で美術工芸品や歴史資料、民俗資料等の保存に携わる職員(常勤、非常勤を問わず) 、または教育委員会等で社寺の文化財等の保護を担っている職員」を対象として開催しています。毎年2月頃、各都道府県や政令指定都市の教育長等宛てに次年度2回の研修について開催通知を送付しています。各教育委員会や場合によっては博物館等を所管する首長部局から所在ミュージアムへご案内いただき、4月中旬ごろまでに受講希望者を取りまとめて応募いただいています(もしこの記事を読んで自館に案内が来ていないと思われた方は、所在自治体の教育委員会等へお問い合わせください) 。
全国各館へ直接ではなく各都道府県の教育委員会等に開催通知を送付しているのは、この研修の当初からの開催主旨が、地域の博物館や美術館の増加などを受け「文化財の科学的保存に関する基本的な知識及び技術について、その資質の向上を持って文化財の保護に資すること」とされてきており、研修を受ける各個人の自己研鑽だけでなく、教育委員会が所管する地域の文化財保護も目的としているためです。そのため選考結果は応募者本人とともに各教育委員会にも承知しておいていただくため併せて通知しています。研修を修了された方は勤務館だけでなく、所在する地域においてのアドバイザー的役割や、我々と地域をつなぐ仲立ちを担うことについても期待しています。
また自治体によっては、地域の事情(新築・リニューアル館の予定や中核館の受講者確保など) に合わせて受講希望者に優先順位やコメントをつけて取りまとめ、応募されることもあります。地域それぞれの文化財保護についての状況や事情に配慮していただくことも、教育委員会に取りまとめをお願いしている理由の一つです。
研修の定員は20名程度で、夏と冬の年2回、同じ内容で開催しています
受講者の選考
例年定員を大きく超える応募があるため、〈ぶんかつ〉が単独で基礎コースを開催するようになってから、年2回の開催とすることで定員を増やし、展覧会の担当などで都合の合わない学芸員が少しでも受講しやすくするなど、受講機会を増やす工夫をしています。それでも令和5年度は20名×2回の定員に対して150名程度の応募がありました。開催通知にもある通り、応募多数の場合には選考のうえ受講者を決定しています。
選考にあたっては、自館の保存環境をある程度理解している必要もあるため、現勤務先での勤務年数が3年以上の方や、実際に現勤務先で資料保存業務を担い、その業務に関わる具体的な受講理由を有する方を優先しています。また先にあるような受講者の地域的な偏りを少なくするために、過去の応募や受講者数などを参考とするなど、多くの指標をもとに受講者を選考しています。
さらに受講の機会を増やすにためにオンラインを含めた開催も検討しましたが、あくまでも公的機関による研修であり、またセミナーや講演会などのような自由参加/退出の形式では、半端な情報が独り歩きし誤解が広がる懸念があること、各館の個別事案についての質問・相談がしにくいこと、我々が重視する“研修後も続く人と人のつながり”や修了者同士の横のネットワークがつくりにくいことなどの理由から、現在も対面での開催を行なっています。
実際に人が集まって対面で研修を開催することで人と人がつながりやすくなると考えています
講義内容について
研修の講義内容はミュージアムの保存環境の状況や課題に応じて変遷してきました。詳しくは「保存担当学芸員研修の11年」(三浦・佐野、保存科学第34号、pp. 45-53、1995) や、「『博物館・美術館等保存担当学芸員研修』の意味と効果」(吉田、日本博物館協会『博物館研究』平成29年(2017)10月号)を参照いただければ思いますが、ここではもう少し具体的に見てみます。現在の講義内容は1回目、2回目とも同じ内容で、多少の入れ替えはありますが概ね以下の通りです。
1日目 1.文化財保存環境概論、2.文化財公開施設の設計指針 (午後のみ)
2日目 3.温湿度管理(展示・収蔵空間の温湿度環境) 4.(空調の基礎) 5.(モニタリング)
3日目 6.環境計測の留意点、7.展示照明管理(基礎、計測)、8.空気環境管理(基礎、計測)
4日目 9.写真資料の保存環境、10.11.博物館におけるIPM
5日目 12.博物館における防災 (午前まで)
一見して分かるように、この基礎コースの研修では実際のミュージアムでの特に日常的な保存環境管理に集中した内容となっています(東文研が開催する上級コースではこれらの内容に加え、文化財科学や修復技術についての講義が含まれます) 。予防的保存(Preventive Conservation) =保存環境づくりが、ミュージアムでの文化財、作品、資料などを保存していくための基礎であるとの考えのもと現在の講義内容となっています。日頃受講者が管理している保存環境について、どのようにして環境基準や目安が設定されているのか、どのように適切な環境であることを計測・確認するのか、また実際の環境管理においてどのような注意点があるかなどについて具体的に解説し、この研修が自館での環境管理の確認や見直し、改善に活かせることを意識して講義しています。
保存環境を管理するうえでの実際的な注意点などにも触れながら講義を行なっています
先述の通り、この研修には毎年定員を超える応募があり、多くの受講希望者の要望に応えられず心苦しくはありますが、今後も全国のミュージアムの保存環境の向上に役立てるよう研修内容の工夫を続けていきたいと思います。
また研修中に個別の相談を受け、後日館へお伺いして環境確認するといったこともよくあります。気軽に保存環境についての相談をしていただけるよう、ここでできた人的つながりを大切にしていきたいと考えています。
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- 2023年09月21日 (木)