幻の法隆寺伎楽装束を復元!!(前編)
こんにちは、奈良国立博物館(奈良博)の三田覚之です。実は令和4年(2022)3月まで東京国立博物館(トーハク)の調査研究課におりまして、文化財活用センター〈ぶんかつ〉の事業として行なわれた伎楽面や伎楽装束の復元を監修しておりました。
前回のブログでお知らせしましたが、1月31日にオープンした「デジタル法隆寺宝物館」(法隆寺宝物館中2階)では、このうち伎楽面の呉女と、伎楽装束の裳を展示しております(8月1日からは伎楽面の迦楼羅、伎楽装束の袍に展示替え予定)。
左:(複製) 伎楽面 呉女 2019年 東京国立博物館、右:(複製) 伎楽装束 裳 2021年 東京国立博物館
伎楽装束の復元について、その詳細と研究成果は、すでにトーハクの研究誌『MUSEUM』698号(「法隆寺献納宝物 裳と袍の本格修理と復元模造製作について」)で紹介したところですが、今回はより分かりやすく、ブログでお話しをしたいと思います。
まず今回のテーマである伎楽装束ですが、文字通り伎楽という古代の演劇で用いられた衣装のことです。本ブログにおいても、かつて法隆寺献納宝物の伎楽面復元を取り上げたことがありますので、伎楽や伎楽面については「よみがえった飛鳥の伎楽面!!」(前編と後編あり)をご覧下さい。迦楼羅という想像上の鳥や中国のお姫様、果てはインドのバラモンやペルシアの王様まで、復元した伎楽面からも不思議で異国情緒豊かな演劇世界が想像できます。
(複製) 伎楽面 迦楼羅 2019年 東京国立博物館
伎楽の装束というと、奈良の正倉院に多くの装束類が残されています。奈良博で毎年行なわれる「正倉院展」でご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。これらは主に天平勝宝4年(752)に行なわれた東大寺大仏の開眼供養会で伎楽が演じられた際に使われたものです。役柄による装束の違いを知ることが出来るのはもちろん、奈良時代における高い染織技術を伝えるものとしても、これらの宝物は非常に高い価値を持っています。
伎楽はすでに鎌倉時代にかなり衰退していたようで、どのような演劇であったのか、ほとんど分かっていませんが、今日創作的に演じられている伎楽でも、正倉院伝来の面や装束が基本的に参考とされています。
さて、そこで問題となってくるのがトーハクの所蔵する法隆寺献納宝物の伎楽面です。現在、法隆寺宝物館の第3室では、文化財保護の観点から金曜・土曜にかぎり公開されていて、正倉院宝物よりも古い、7世紀後半のクスノキ製伎楽面や、正倉院とほぼ同時代頃、8世紀のキリ製伎楽面や乾漆製伎楽面から構成されています。
これら献納宝物の伎楽面は、現存最古の伎楽面としてよく知られるところですが、ではその装束はと言えば、これまでほとんど何も知られていませんでした。奈良時代に記された法隆寺の財産目録である『法隆寺伽藍縁起幷流記資財帳』には伎楽面とともにその装束が記されており、確かに本来は装束もあったはずなのでした。それは一体どうなってしまったのでしょうか・・・。
これまで謎であった法隆寺の伎楽装束ですが、平成24年(2012)に行なわれた館内調査において、献納宝物の未整理品から原形を復元的に考え得る2点の伎楽装束が見いだされました。これらの作品は昭和37年(1962)にトーハクで行なわれた「日本服飾美術展」に出品されたようですが、当時の記録をみても所蔵先が記されておらず、献納宝物の未整理品であることも公表されていなかったようです。献納宝物の未整理品から発見されたのは、「裳」というスカートと「袍」という上着でした。まずは修理前の姿です。
裳残欠(修理前)奈良時代・8世紀 東京国立博物館(N-324)
袍残欠(修理前)奈良時代・8世紀 東京国立博物館(N-325)
しかし、法隆寺伝来の伎楽装束が残されていたとは驚きでした。宝物館で展示されている伎楽面との関係性からすれば、正倉院宝物よりも古い伎楽装束である可能性があります。日本の染織史・服飾史のみならず、演劇の歴史から考えても大発見といえるでしょう。保存策を講じず、未整理品のままにしておくわけにはいきません。そこでトーハクでは作品の本格的な保存修理を行なうとともに、正式に法隆寺献納宝物の作品として登録されることとなりました。この機会を利用して行なわれたのが、〈ぶんかつ〉による伎楽装束の復元事業です。私は修理技術者としても作品修理を担当しておりましたので、併せて復元事業の監修を行なうこととなりました。
さて、古代染織品の修理においては、作品を和紙で補強する「裏打ち」という作業が行なわれますが、これを行うためには、基本的に作品を一度解体して、フラットな状態にする必要があります。これにより、昔の人が織物をどのように裁断し、どのように縫っていったのか、その詳細を知ることも可能になるわけです。つまり修理事業と並行して復元模造を作ることは、一番正確な復元につながり、最新の研究成果の反映でもあるわけです。
また〈ぶんかつ〉における復元事業では、現存する作品からだけでは理解しにくい魅力を、より直接的に「見て・分かる」ことを大切にしていますが、その観点からしても今回の復元事業はとても意味のあるものでした。発見された伎楽装束には失われている部分も多く、修理が完了しても、製作当時の姿をイメージさせることは困難です。そこで復元模造というかたちをとり、作品が製作された当時の姿を分かりやすく皆さんにお伝えすることができるわけです。
修理前の状態はというと、ベニヤ板のパネルに機械漉きの大判鳥の子紙を貼り込んだうえに、大まかに伸ばした作品が貼り込まれていました。そこで修理においては作品を紙から剥がし、それぞれのパーツに分離したうえで、精製水をつかって加湿し、まずは綺麗に伸ばしました。そのうえで、和紙を使って裏打ちをほどこし、最後にもと通りに組み立てたのです。千年以上前の巻物などが残されているように、和紙はしなやかであると同時にとても強い素材ですから、もはや崩れてしまうような絹織物でも、和紙で裏打ちされたことにより、今後末永く安定して保存することが可能となりました。そうして本格修理の完了した姿が次の写真です。
裳残欠(修理後)奈良時代・8世紀 東京国立博物館(N-324)
袍残欠(修理後)奈良時代・8世紀 東京国立博物館(N-325)
だいぶ形は整いましたが、これでもまだどんな衣装なのか、想像することは難しいでしょう。現在ではずいぶん退色していますし、なにより着た時の状態がイメージしづらい状態です。本来の姿を再現することにより、作品への理解を深め、また研究成果として見えてきた作品の詳細を、実物の研究資料として後世に残したい。古代の縫製技術を記録しておけば、将来的に服飾の技術研究や実製作を行なう上においても、いろいろと示唆的なものとなるにちがいない。そんな思いとともにいよいよ復元製作に入るところですが、ずいぶん長い文章となってしまいましたので、そこは次のお話しで・・・。(後半につづく)
▷関連ブログ「よみがえった飛鳥の伎楽面!!―前編―」の記事を読む
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デジタル法隆寺宝物館
展示期間 2023年1月31日(火)開室 以降は通年展示 (半年毎に展示替)
会場 東京国立博物館 法隆寺宝物館 中2階
開館時間 9:30~17:00 *入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日(ただし月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)
観覧料 総合文化展観覧料(一般1,000円、大学生500円)もしくは開催中の特別展観覧料[観覧当日に限る]でご覧いただけます
主催 東京国立博物館、文化財活用センター
協力 法隆寺、奈良国立博物館、国立情報学研究所高野研究室
令和4年度日本博イノベーション型プロジェクト 補助対象事業(独立行政法人日本芸術文化振興会/文化庁)
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- 2023年02月16日 (木)