〈冬木小袖〉修理レポート・6【新調裏地】
尾形光琳が秋草模様を描いたきものを皆様からのご寄附で未来につなぐ、〈冬木小袖〉修理プロジェクトでは、シリーズで本格修理が進む様子をレポートしています。前回のブログでは「仕立て」の様子をお伝えしましたが、今回は「裏地」にスポットを当ててみましょう。
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修理前の〈冬木小袖〉は、損傷の著しい表地と旧修理で用いた裏地のつりあいがとれず、表地にさらに負担をかけていることが懸念されていました。そこで今回の修理では、裏地を新調し仕立て直しをすることが検討されてきました。
どういった裏地を準備しているのか…。遡ること数か月、新調裏地を製作した工房を見学してきましたので、その様子をお伝えしていきます。
大きな機織り機
こちらの工房の特徴は、分業が主流である絹織物生産のなかで、桑の栽培、蚕の飼育から糸繰り、織りなどすべての工程を担っていること。作品にあわせた織物づくりが行なわれています。いくつか工程を見させてもらいました。
まずは桑の栽培。2か所の畑で蚕の餌になる桑葉を3種類育てています。養蚕に必要な桑を育てるには数千本の苗が必要で、生育には1~2年かかるそう。管理、剪定、収穫など畑の手入れにかかる時間を思うと気が遠くなります。この畑で育てられた桑の葉を食べ、蚕は繭づくりをします。
ちなみに、蚕は生き物なので、当然農薬の影響を受けます。周りの果樹園で使われた農薬のかかった桑の葉を食べてしまうと、具合が悪くなったり死んでしまったりということも。こちらではシーズンごとに周辺で散布される農薬を避けて、違う場所の畑で育った葉を蚕に与えているそうです。
お邪魔した頃は桑の剪定後でした
糸繰りに使う道具、座繰り器も見させてもらいました。近代以降の工業化・機械化された繰糸では、糸は硬くしまり断面が丸くなるのですが、こちらの工房で行われている近代以前の在来の糸繰り技法では、糸のまとまりはゆるやかで断面はきしめんのように平たいそうです。糸をより柔らかくし、また繊細な光の反射により絹の上品な光沢を生み出すためにこの技法を用いています。繰り終わった枠を座繰り器から外し、枠のまま一度糸を乾燥させ、再度湿らせて枠から外すと、ふわりと空気を含んだ印象の糸が姿を表します。
座繰り器
糸の準備が終わると次はいよいよ製織の工程です。機織りのためには、まず、経糸(たていと)を機(はた)に掛ける準備をします。今回の織物をつくるために必要な経糸の総本数を幅と長さを揃えて巻き取り、つづいて設計通りに動くよう綜絖(そうこう)に1本ずつ通し、その後、筬(おさ)に通して織幅を固定させます。そしてようやく機織りのスタート。杼(ひ)にセットした緯糸(よこいと)を開口した経糸に入れてトントンと打ち込み織り上げていきます。1㎝あたりの経糸は54本、総本数は2170本だそうです。つやのある絹糸がきれいに並ぶ姿は思わず見とれてしまいます。
機織りの様子
さて、左上の画像で緯糸を通すための杼が手元に2つ置かれていることに気づいたでしょうか。これは杼によって糸の巻きの強さが異なり、張力の違いから織幅が変わってしまうことを防ぐため。ひとつひとつとても細やかに配慮されていることが伝わります。
ここまで一連の作業をご紹介してきましたが、大切なのはどういった糸を使い、どのような織物にしていくのかのイメージ、基本設計のすり合わせです。作品の傷み具合だけでなく、修理後の展示方法まで考えながら、その薄さや風合いについて関係者間で話し合いを重ねます。
裏地に関しては修理前からの大きな変更点がひとつ。
修理前の〈冬木小袖〉には、白の裏地が当てられていましたが、今回は「もみ」が使われることになりました。
「…もみ?」となった皆様、ご安心ください。私も初めて聞いた際は「へえ、そうなんですね!」とひとまず話を合わせて、後でスマホで検索しました。
漢字で書くと「紅絹」。つまり紅色に染めた絹。「もみ」と読むのは、ベニバナをもんで染めることに由来するそうです。
旧い裏地は、明治期に〈冬木小袖〉が東京国立博物館(トーハク)に収蔵された際につけられたものと思われますが、今回の修理では同時代の小袖や美人画に描かれる紅絹(紅で染めた薄手の平絹)の裏地や黒繻子地の袖口覆輪を参考に、新調生地を準備しています。
紅絹は古くから体の冷えに良いと信じられており、肌着や裏地に用いる習慣があったそうです。きものが生活のなかにあるということを実感しました。また〈冬木小袖〉が描かれた当時、江戸時代のきものに近い仕上がりになるとのこと、私も今から楽しみにしています。
こうして時間と手間をかけてつくられた糸や織物が裏地に使われることで、〈冬木小袖〉をさらに先の未来へとつなぐことができるのですね。
仕立てに使う予定の裏地や糸
〈冬木小袖〉は、新調した裏地を縫い合わせた後、保存箱に収納し、いよいよトーハクに戻ってきます。
修理後初の展示は2023年秋を予定。詳細が決まりましたら文化財活用センターウェブサイトでもお知らせします。
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- 2023年02月02日 (木)