〈冬木小袖〉の修理が始まりました
東京国立博物館〈トーハク〉と文化財活用センター〈ぶんかつ〉は、尾形光琳が秋草模様を描いたきもの〈冬木小袖〉をご寄附で未来につなぐプロジェクトを実施、皆様からたくさんのご寄附をいただいて参りました。
皆様のあたたかいご支援により、〈冬木小袖〉の修理が始まりました。
文化財の修理は、解体などを伴う大がかりな処置を行なう「本格修理」と、作品の状態に合わせて最小限の処置を行なう「対症修理(応急修理)」に大別されますが、今回〈冬木小袖〉に行なわれるのは「本格修理」。全ての工程を合わせると期間は約2年の長期に及びます。
2022年末に予定されている修理の完了まで、修理の現場でどのようなことが行なわれているのか、このブログで皆様にご紹介していきたいと思います。
文化財にとって最も良いと考えられる保存方法や修理を行なうためには、文化財の状態をよく知る必要があります。
もちろん作品の状態については、受け継がれてきた記録や調査により博物館が把握していますが、実際に修理に着手する中で新たに見えてくることもあります。そこで、修理にあたっては適時その方針を確認・共有していく場が必要になってきます。
そのために、修理にかかわる関係者が集まって行なう協議を「修理監督」と呼んでいます。
修理監督に参加するのは、実際に修理にあたる修理工房の技術者、博物館からは作品を担当する研究員、保存修復担当の研究員、国宝、重要文化財など国の指定文化財の場合は文化庁の調査官も加わります。
〈冬木小袖〉は、きものという染織品でありながら、尾形光琳筆の絵画作品としての価値も高いため、染織担当だけでなく絵画担当の研究員も参加します。
今年3月末、京都の修理工房で、〈冬木小袖〉に関する初めての修理監督が行なわれました。
〈冬木小袖〉は1月中旬に修理工房へと移されて以降、修理技術者によって部分的な解体と細部の調査が行なわれてきました。今回は、技術者からの報告と、それを踏まえての詳細な修理方針について意見が交わされました。
とくに脆弱な箇所は、薄い紙や裂地で保護されています。
とりわけ丁寧に確認がなされたのは、作品の損傷状態、そして過去の補修に使われた裂・糸の状態です。
旧補修糸を取り外すとどのようなリスクが生じるのか、それに対してどのような対処法があるのか、より具体的な検討を行なうことが可能になるからです。
表地の損傷状態の詳細スケッチ。赤く塗りつぶされた部分が表地の経糸が欠損した部分。損傷が著しく、広範囲にわたって緯糸のみになっている状況が示されています。
また、脆弱な箇所には改めて補修を施すことになりますが、その際に使用する糸についても検討がなされました。
〈冬木小袖〉の損傷は、尾形光琳によって描かれた絵の部分や、無地の部分などさまざまな箇所で生じています。
染織品の修理では、傷んでいる箇所ごとになじむ色を決めて、数色の補修糸を用いるのが基本となる一方、絵画作品の修理では、どの損傷箇所にもなじむ色(基調色)を一つ決めて使用するのが基本となります。
染織品としての修理を念頭にしつつも、尾形光琳の絵画表現の鑑賞を妨げないために、どの色を使用するか相談していきます。 絵画的要素を含む染織品である本作ならではの難しさが垣間見えます。
初回の修理監督で確認された内容をもとに、〈冬木小袖〉の表地から裏地を外す作業が進められ、解体作業を通じて得られた知見をもとに、今後再び詳細な検討が行なわれます。
文化財にとって、修理は大きな手術を受けるのと同じと言われます。
入院中そして退院後も〈冬木小袖〉が安全な状態でいられるよう、さまざまな分野の専門家たちが、慎重に治療方針の検討を進められていることを改めて認識しました。
このブログでは〈冬木小袖〉の修理の進捗などについて、今後も定期的にご紹介していきたいと思います。 どうぞお楽しみに。
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- 2021年07月27日 (火)