室瀬和美先生に聞く「工藝2020」開催に寄せて
東京国立博物館と文化財活用センターは、江戸時代に尾形光琳(おがたこうりん)が秋草を描いたきもの、〈冬木小袖〉(ふゆきこそで)を修理するために、皆さまからのご寄附を集める〈冬木小袖〉修理プロジェクトを実施しています。
ご寄附をいただいた方への返礼品のひとつとして、蒔絵(まきえ)の重要無形文化財保持者(人間国宝)の室瀬和美先生に箸と箸置きを監修いただいています。箸置きには、光琳による模様をデザインした蒔絵が施されています。
この度、東京国立博物館 表慶館で開催される特別展「工藝2020-自然と美のかたち」(2020年9月21日(月・祝)~11月15日(日))に室瀬先生の作品が出品されるにあたって、工芸への思いをうかがうとともに、〈冬木小袖〉修理プロジェクトへのメッセージをいただきました。
たっぷりとおはなしをうかがえたので、2回に分けてお届けします。
蒔絵の重要無形文化財保持者(人間国宝)の室瀬和美先生
「工藝2020-自然と美のかたち」会場にて
―最初に、「工藝2020-自然と美のかたち」に出品されている「柏葉蒔絵螺鈿六角合子(はくようまきえらでんろっかくごうす)」についてうかがいます。作品のテーマについて教えて下さい。
柏葉蒔絵螺鈿六角合子 室瀬和美作 平成26年(2014) 個人蔵
秋の彩をデザインした作品。鉛と金蒔絵と夜光貝、異なる素材のハーモニーが見どころです。
柏の色づいた葉っぱと実を、乾漆技法(かんしつぎほう)による六角形の箱に全面に表現しました。デザインは、琳派から影響を受けた平面構成的なものになっています。 鉛という素材を使わせてもらったのも、琳派へのリスペクトからです。 鉛は本来蒔絵ととても馴染み得ない素材です。伝統的には金や銀の板を使うところに、琳派の光悦、光琳は鉛という素材を組み込んできました。 鉛はたいへん酸化しやすく、すこし表面を触ると白くなって、そこから腐食が始まるくらいです。そこで表面に被膜を作って、鉛の腐食を止めています。実は、光悦の「舟橋蒔絵硯箱(ふなばしまきえすずりばこ)」や光琳の「八橋蒔絵硯箱」など古い文化財を調査した結果、それが読み取れました。光悦、光琳のやっていたことは、異質の素材をぶつけたチャレンジの表現であると同時に、彼らは素材を化学的にも理解していたということがわかります。
光悦、光琳は鉛に平蒔絵(ひらまきえ)というシンプルな蒔絵を組み合わせているのですが、私はあえて研出蒔絵(とぎだしまきえ)というちょっと複雑な蒔絵で対比させてみました。コントラストのある素材感でインパクトがある、しかもそれが何百年経っても変化のない技法があった、それが分かったときの私の嬉しさが、あの作品にはあふれています。 そして、柏の実に夜光貝を使っています。作品はオーケストラと一緒。異なる素材が組み合わさってハーモニーを作っていくところが、蒔絵の面白さだと思います。
国宝 舟橋蒔絵硯箱 本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)作 江戸時代・17世紀
国宝 八橋蒔絵螺鈿硯箱 尾形光琳作 江戸時代・18世紀
蒔絵に鉛を組み合わせた挑戦的な作品。いずれも東京国立博物館所蔵
―金蒔絵の葉も表情の違う2種類があります。これはどのように表現しているのでしょうか。
蒔絵では様々な種類の金粉を使います。その金粉の組み合わせ方によって表情が変わります。 この作品では、金の塊をやすりで削っただけの鑢粉(やすりふん)と、加工を施した丸粉(まるふん)と呼ばれる現代の金粉を組み合わせて蒔いています。
私が鑢粉に興味を持ち始めたのは、蒔絵の源流として、正倉院宝物の「金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんかざりのからたち)」という太刀について調査をさせていただいてからです。この奈良時代の太刀には、まさしく鑢でおろしただけの金粉が使われています。
その後、平安時代や鎌倉時代には、鑢で削り落とした粉を丸めて加工するようになります。文化財の修理をしていると、この時代にはこういう金粉の作り方をしていた、ということがわかるのですが、時代が進むにつれてどんどん細かくなって、精度も上がってきます。しかし私は、古い時代の蒔絵の、一つ一つ金粉にでこぼこ、あるいは不均一な形の粒の表情があるのに魅力を感じました。
ここ10年ぐらい、そういう荒い形態の不規則な金粉を作って混ぜて蒔くということに挑戦しています。今はもうそんな不規則な形の金粉はないので、全部自分で作ります。
研出蒔絵は、金粉を蒔いた後に、全体に漆を塗りかぶせ、硬化後に表面を木炭で研磨して下の金粉による模様を研ぎ出します。金粉にでこぼこがあったり小さい大きいがあったりすると、研ぐときにすごく厄介なんです。綺麗に金色を整えるという仕事をマスターした上での、応用問題への挑戦ですね。古典・修理を学んだ上での私の一つの表現方法になっています。
―この合子、中を開けたらどんなふうになっているのか、とても気になります。
中に掛子(かけご)がついていまして、主菓子器として使えるようになっています。 工芸作品は見て楽しむ世界ではあるけれども、使うというもう一つの楽しみがあります。それが日本の工芸文化であり、人々の生活の中の美だと思っています。従って、両方満足できる作品作りというのを心がけています。 この季節なら、栗のお菓子でしょうか。そんな甘味を取り分けていただき、美味しいお茶を飲んでいただけたら良いなと思いますね。
柏葉蒔絵螺鈿六角合子の蓋を開けていただきました。中にはふちに金蒔絵を施した掛子があります。
―特別展「工藝2020」の副題は「自然と美のかたち」です。
先生の作品も秋の色彩豊かな情景を表現されたものですが、日本の工芸において、自然はどうとらえられているのでしょうか。
自然観というのは、日本人の美意識の根底にあるものだと思います。私たちにとって、美というものは自然と対峙していく人間の生活そのものではないかと思うからです。
そして、工芸という分野は、自然からいただいた素材を使って、自分の感性で、日常から非日常まで、私たちの暮らしのなかで使うものを作ります。 西洋の考え方だと、美は美術館に行って鑑賞するというイメージが定着しています。もちろん日本人も美術館や博物館に行って作品を鑑賞するのですが、それよりは生活の中に美を求めるというのが、日本人に一番根ざした美に対する考え方だと思います。
この自然との対峙と融合が、工芸の美意識の、日本の美意識の底流にあるものだと思っています。
大地からエネルギーが湧き上がる、その頂点に美の結晶が置かれているというコンセプトのもと、建築家の伊東豊雄さんがデザインした展示台も展覧会の見どころのひとつです。
次回は、室瀬先生の文化財の修理にかける思い、〈冬木小袖〉修理プロジェクトへのメッセージをお伝えします。どうぞお楽しみに。
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- 2020年10月20日 (火)