ぶんかつブログ

失われた花宴~よみがえる花下遊楽図屏風~後編

前回のブログでは国宝《花下遊楽図屏風》の失われた右隻中央部分の謎をご紹介し、高精細複製品によってよみがえった江戸時代のお花見のようすを皆さんにお披露目しました。
このブログでは、その制作過程を詳しくご紹介します。

▷ブログ「失われた花宴~よみがえる花下遊楽図屏風・前編~」の記事を読む

ぶんかつ&キヤノンプロジェクトで花下遊楽図屏風の高精細複製品の制作を始めたのは2019年1月下旬。
制作するにあたり、大きな目標がありました。それは「関東大震災で失われた右隻の消失部分を復元すること」です。

キヤノン株式会社との共同研究プロジェクトで制作している高精細複製品は、高解像度画像を原寸大で印刷し、伝統工芸の職人が原作品と同じように表装したものです。原作品に金が用いられている場合は、高精細複製品にも本物の金箔を施しています。複製ができるまでの工程はおおむね以下の5つです。

1. 原作品の撮影

2. 画像処理

3. 出力(プリント)

4. 金や銀の加工

5. 表装や表具の5工程

 

今回は右隻の消失部分をガラス乾板写真から復元するため、これに加えて
◆1. ガラス乾板のスキャニング
◆2. スキャニングデータの色再現

の2工程をプラスしました。

1.~2. 原作品の撮影と画像処理

高解像度のデジタルデータを取得するため、まず原作品の写真撮影を行ないます。花下遊楽図屏風の撮影には約3日かけました。写真を撮影して取得できる情報は平面ですが、花下遊楽図屏風には胡粉(ごふん:日本画の絵の具)を盛り上げて桜の花びらなどを表現している部分があります。印刷したときに平面でも立体的に見えるように、フォトグラファーや技術者の知識・経験・技術・知恵を集結して撮影が行なわれました。
花下遊楽図屏風では、1扇(※1)を24分割して撮影しました。照明を変えて同じ場所を4回撮影し、1扇で24分割×4回=96枚のデータを取得します。撮影にかかる時間は1扇で約30分から35分でした。とっても早い!短時間で正確に撮影できることは、文化財への負担を減らすという点でも重要な技術です。
このようにして取得したデータは、キヤノン株式会社独自の技術であるカラーマッチングシステム(照明の違いによって生じる色の見え方を補正する技術)を使用して、撮影したその場で色の補正が行われていきます。

 
私の一番の感動はここ!消失部分の撮影でした。ピントを合わせるものが被写体にないにもかかわらず、正確な撮影で進行しました。

 
画像処理の様子。地味な作業に見えてしまうかもしれませんが、この技術があることによって、文化財を何度も出し入れして色合わせを行う必要がなく、文化財への負荷が最小限に抑えられます。

こうして3日間をかけて撮影は順調に進んでいきました。

◆1.  ガラス乾板のスキャニング

国宝《花下遊楽図屏風》右隻の全体像は、消失前の明治44年ごろに撮影されたガラス乾板の記録に見ることができます。そこで、ガラス乾板をスキャニングして取得したデータを原寸大に引き延ばし、消失部分を補うことにしました。
ガラス乾板のスキャニングは 1. 原作品の撮影 の後に乾板の状態を確認して行ないました。スキャニングは、ガラス乾板用のイメージスキャナ(光学解像度:4800ppi、イメージタイプ:16bitグレースケール)があるアイメジャー株式会社[https://www.imeasure.co.jp/]に依頼しました。撮影は1日で終了しました。

スキャニング風景とガラス乾板のスキャニング画像(より鮮明度を向上させるために、ガラス乾板の乳剤面を下にしてスキャニングしました。高精細複製品には、鏡像反転などの画像処理を加えたデータを使用しています)

 

取得したデータは①右隻のガラス乾板全体を2400ppiで1回、②左隻のガラス乾板全体も2400ppiで1回、③右隻のガラス乾板のうち消失部分のみを4800ppiで6回の合計8枚のデータを取得しました。これらのデータを処理して、原寸大へ引き延ばせるデータを作成しました。

◆2. スキャニングデータの色再現

ここからが、色再現への挑戦です。実はこの部分、およそ7か月かかりました。今回の制作では、株式会社エム・ソフト[https://www.msoft.co.jp/]のRayBrid(レイブリッド)という画像切り抜き技術で、画像の切り出しと色付けをお願いしました。切り抜き位置と色は、モニター上の画像と実物大の簡易屏風(モックアップ)をみながら指定し、何度も何度も修正いただきました。これらを出力して、現存部分のプリントと合わせながら色合いを確認していきます。原寸大の出力紙で、人の目で確かめながら検討作業を進めていきます。

色指定の基準とした模本と色合わせの様子

 

このような工程で調整された最終データを、原寸大で特殊な和紙にプリントしたのち、伝統工芸の技術で職人の手により 4. 金の加工 が施され、5. 表装や表具 をつけて、無事に2020年2月に納品されました。
ものすごくさらっと書きましたが、どの制作工程も研究者と技術者の知識と技術の結晶です。


おまけ:実際に使用していたモックアップ。〈ぶんかつ〉の執務室入り口に置いていました。個人的には白黒の原寸大も大好きです。

前後編の2回にわたってご紹介した国宝《花下遊楽図屏風》の高精細複製品。複製屏風にもぜひご注目ください。

※1 屏風は縦長のパネルを組み合わせて立つ、風よけや空間の間仕切りとして使用する調度品です。このパネルひとつの単位を「扇(せん)」 といいます

国宝《花下遊楽図屏風》高精細複製品の制作者情報

原品撮影・複製屏風作成:キヤノン株式会社・特定非営利活動法人 京都文化協会

ガラス乾板スキャニング:アイメジャー株式会社

復元部分CG制作:株式会社エム・ソフト

総監修:文化財活用センター、東京国立博物館

 

カテゴリ: 複製の活用