ミュージアムの文化財保存-学芸員と保存科学-
ミュージアムに勤務する学芸員の仕事というと、展覧会の企画や専門的な研究などを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。博物館法の第4条では「学芸員は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」とされており、ミュージアムに収蔵された資料、つまり文化財の「保存」も学芸員の本来的な仕事とされています。
また近年では学芸員資格の取得に必要な科目として博物館資料保存論が新設されるなど、ミュージアムの展示環境や収蔵環境を科学的にとらえ、文化財を良好な状態で保存していくための知識が学芸員に求められるようになってきています。
ミュージアムにおいて文化財を良好な状態で保存していくための基本的な考え方として、次のようなものがあげられます。
・収蔵庫や展示室の温湿度を通年で一定に保つこと
・光に敏感な資料にあたる照明光量を調整すること
・資料を変色させる化学物質を展示室や収蔵庫から除去すること
・資料を傷める虫やカビを施設に侵入・発生させないこと などなど・・・
さらに文化財の輸送方法を検討し安全に移動・展示すること、火災や自然災害に備えること、盗難がないよう展示室や収蔵庫のセキュリティを高めることなど、文化財を劣化させるさまざまな要因について、科学的な知見に基づき日常的にモニタリングし、管理していく必要があります。また展示・収蔵環境に問題が発生した場合には、計測機器等を用いて調査を行ない、得られた情報を分析・検証することで、環境を改善しなければなりません。
温湿度を年間を通じて所定の範囲に収めるのは結構大変です。日常的にモニタリングしながら管理します。
文化財が劣化するリスクを低く維持していくためには、文化財の性質やそれを取り巻く環境を対象とする「保存科学」の知識が求められます。
保存科学は「文化財の構造や材質の究明とその老化現象を分析し、保存と修理に役立たせること」「文化財をめぐる環境が文化財に及ぼす影響の究明とその防除」を目的とする学問です(関野克: "文化財保存科学研究概要", 保存科学, 第1号 (1964))。ミュージアムにおいて展示・収蔵環境を安定的に、日常的に管理していくためにも、保存科学を専門とした学芸員・研究員の配置が望まれるところです。
カビの胞子は空気中のどこにでも浮いています。ですから、環境が悪くなるとすぐに資料にカビが生えてしまいます。
平成27年度文部科学省社会教育調査によると、日本には登録博物館と博物館相当施設(以降、博物館と表記)が合わせて1,256館あり、専任学芸員は3,235人とされています。そのうち専任学芸員数が1人以下の博物館が659館と、全体の50%を超えます。多くのミュージアムでは、少数の学芸員が、多様な博物館活動に対応しているのが実態ではないでしょうか。
つまり保存科学を専門とする専任学芸員を配置できるのはごく一部のミュージアムに限られてしまうのが実情です。実際、現在日本で保存科学を専門とする専任学芸員数は推定20~30人程度で、博物館50館に1人程度しかいません。
したがって保存科学が専門の学芸員は、自館の文化財だけでなく、つながりのあるミュージアムや地域に所在する文化財の保全に協力することも多くあります。しかしそれでも地域によっては、展示・収蔵環境に課題や不安があっても身近に相談先がないこともあります。
様々な虫がミュージアムに侵入してきます。中には博物館資料や美術作品に害を与える虫もいます。
こうした状況を少しでも改善するために、昨年発足した文化財活用センター〈ぶんかつ〉では、全国のミュージアムからの展示・収蔵環境に関する相談対応や、必要に応じた調査協力、全国の学芸員を対象とした研修会等を通じた保存環境管理に係る周知活動・情報提供などを行なっています。保存環境について課題や不安を持つ全国のミュージアムへの協力を通じて、保存と活用による文化財の保護を推進しています。
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- 2019年06月18日 (火)