〈冬木小袖〉修理レポート・番外編【指定品修理について】
尾形光琳が秋草模様を描いたきものを皆様からのご寄附で未来につなぐ、〈冬木小袖〉修理プロジェクトでは、シリーズで本格修理が進む様子をレポートしています。
今回は番外編として、〈冬木小袖〉の修理に文化庁の調査官として立ち会われた多比羅文化財調査官(工芸品部門)より、ご寄稿いただきました。
重要文化財である〈冬木小袖〉は、所有者である東京国立博物館(トーハク)と文化財活用センター〈ぶんかつ〉のご尽力のもと、(株)松鶴堂によって修理が行なわれ、このほど完成を迎えるはこびとなりました。修理にご賛同いただき、ご寄附くださった皆様に、心より感謝いたします。
国宝や重要文化財といった、いわゆる国指定品の修理には、文化財保護法上、事前に文化庁にご連絡とお届出が必要です。私どもは適切な修理がなされるよう、事前に所有者の方々からお話をうかがい、修理の間も適宜ご一緒に進捗を見守ります。トーハクのように国立の博物館は残念ながら対象ではないのですが、所有者が国以外の個人やミュージアムなど、修理の多くは国庫補助事業として行ないます。修理費用の半分から最大85%を国が補助しながら、所有者がおられる県や市の文化財担当者の方々とともに、修理をサポートしていきます。こうした国や地方自治体のサポートがあるとはいえ、修理を行なうのは所有者にとって大変なことです。所有者の自己負担分の修理費用の工面には、ご苦労されることも多く、クラウドファンディングでご寄附を募るミュージアムのプロジェクトをご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。国立博物館も修理予算が十分とはいえないなかで、本プロジェクトのように皆様のご支援をいただくなど、文化財の修理をしていこうと力を尽くされているのが現状です。そうした関係者の方々の努力のおかげをもって、このたびも無事に修理の完成をみることができたことは、関係者の一人として感謝に堪えません。
さて今回は、修理完成間近の〈冬木小袖〉の状態を工房で見せていただきました。全体の修理の仕上がりは、収納の状態だけでなく、展示される状態にても確認が必要です。とくに展示するときには衣桁に掛けるため、全体の重みが小袖に垂直にかかります。不自然に攣(ひきつ)れている部分や、無理がかかっている部分がないか、取り扱いに不安のある場所はないかといった観点からも確認していきます。トーハクの皆様の確認結果は、問題なし。私もほっとしました。
小袖を棒にかけてみて確認します
最後は収納形態と収納箱の相談です。文化財の多くは、展示公開される期間を除くと、大半の時間を収納された状態で過ごします。とくに染織品のような脆弱な文化財は、年に多くても1~2回、数週間しか展示することができませんので、収納形態をどうするかということは、とても大切なことです。小袖の場合、折り畳んでいる部分が傷みやすくなることから、修理後はなるべく畳まずに収納するのが理想です。しかし、必要な収納スペースが大きくなりますので、多くの文化財を所蔵するミュージアムなどの所有者にとっては頭の痛い問題です。今回は、トーハクでしっかりとスペースを確保してくださったおかげで、両袖は折り畳みますが、身頃は伸ばして収納する望ましい形となりました。また、袖の折り畳みの部分も、きつい折り皺がつかないよう、綿入りの布団に沿わせてふんわりとさせるように工夫されています。収納箱には、酸やアルカリによる変色などの影響が少なくなるよう、中性紙を用いています。
袖を薄い布団に沿わせてふんわりと折り畳みます
中性紙の箱は軽く、女性でも安全に取り扱うことができる点も優秀です
修理を終えたばかりの文化財は、修理による形状の変更、修理の際に加えられた材料や水分などの影響が残り、安定な状態にいたっていません。まだ経過観察をしなければならない状態で、いわば手術を終えて退院してきたばかりの病人に似ています。トーハクに戻ってしばらくの間は、温度や湿度が適切に管理された収蔵庫でゆっくりとお休みし、ミュージアムの環境に十分慣れたところで、お披露目の展示に備えます。私も〈冬木小袖〉の一ファンとして、修理後の展示を楽しみにしています。
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- 2023年03月30日 (木)