なりきり日本美術館リターンズで松林図屏風を楽しむ
東京国立博物館(トーハク)の本館で開催中の「なりきり日本美術館リターンズ」。
ここは、井上涼さんの歌とアニメで世界の‘びじゅつ’を紹介する番組「びじゅチューン!」(NHK Eテレ)で取り上げた作品をテーマに、複製や映像をつかった「なりきり」体験が楽しめる、期間限定の特別な美術館です。
3つあるコーナーのうちのひとつ《国宝「松林図」ライブ》。さながら野外フェス会場のステージの主役はもちろん、教科書にも載るあの安土桃山時代の大スター、国宝「松林図屏風」の複製です。
複製といってもあなどるなかれ。墨の濃淡、滲み具合など、本物の作品と並べても遜色なきもの。京都文化協会とキヤノン株式会社が共同で取り組んでいる「綴プロジェクト」により最新技術で制作されたもので、今年、国立文化財機構へご寄贈いただきました。松林ズパフォーマンス、松林の一日という、2本立ての映像を屏風に投影したプログラムです。
《国宝「松林図」ライブ》での熱いステージ(途中、雪が降ってくる演出もありますが)については、井上涼さんはじめ多くのお客さまには体験していただくこととして、このブログでは、松林図とはどんな作品なのか、どう見たらいいのかを、この屏風の古参のファンというある方に聞いてみたいと思います。
「わたしの好きな松林図に何してくれちゃってるんですか~。映像で図が見えない。(笑)」
と嬉しそうにやってきたのは、トーハク学芸研究部長の救仁郷さんです。
救仁郷秀明学芸研究部長の専門は日本中世絵画史。日本の絵師たちにその頃大きな影響を及ぼした中国絵画との関わりから、絵画作品の研究をしています。
救仁郷さんは30年来の松林図推しだそうですね。今日はその魅力について熱く語っていただきたく、どうぞよろしくお願いします。さっそくですが救仁郷さん、
松林図屏風はどんな作品?
対象がくっきり見えるのではなくて、空気があって、水蒸気があって、その向こう側に見える景色が広がっていますね。空気中にある水蒸気のつぶつぶに光が当たって、目の前がうすく白く光って、その向こう側に松林の景色が見えます。
ここに白い山、雪山が描かれていますよね。松林図は雪山があるから冬の景色かというとそうともかぎらず、高い山って、春の雪解けの頃まで山頂に雪が残っていたりするから、この絵は春の絵と受け取ってもいいんじゃないかな。わたしは密かにそう思っています。
霧(きり)は文学的には秋の季語だそうですよ。でも実際に霧は、春によく発生しているらしい。秋に発生すると霧で、春に発生するのは霞(かすみ)と呼ぶから、このモヤっとしているのは春霞ということでどうでしょう。
霧とかに包まれて、光がとぼしいと、目の前から色が無くなっていってモノクロームの世界に近くなってくる。それが純粋というか、美しいと感じる時があってそれが水墨画の世界と通じるかなと思いますね。ふつうは金地の屏風とかで、花とか鳥とかが華やかに彩色されているような絵が好まれるのでしょうけど、まぁたまにはこういう景色も見たくなると思うんです。
人間オンとオフというものがあるから。オフは温泉につかりながら、のんびりと。その時に窓の向こうの景色が松林図みたいだったら、最高だよね。
国宝 松林図屏風 長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵
【救仁郷さんの密かなる野望 その1】ご家庭に松林図があったら大きいし飾りにくいけど、カーテンだったら現代の家庭にもマッチして素敵だと思うんですよね。風でそよいだりして。松林図柄のオーダーメイドカーテンをミュージアムショップで販売するのはどうかな。
長谷川等伯という絵師は、どのような人物?
能登国(現在の石川県)の守護大名が住んでいた七尾に生まれた長谷川等伯(1539~1610)。京都に出てきた理由はわからないけど、豊臣秀吉に仕事を取りに行っているところをみると、とても積極的な、バイタリティーのある人なんじゃないかな。
当時日本では、中国の南宋時代(12~13世紀)の絵画が手本の一つとして重視されていました。長谷川等伯は大徳寺(京都)に出入りしていた時期があって、南宋時代末に活躍した画僧・牧谿(もっけい)の「観音猿鶴図」に学んでいます。この、長谷川等伯の牧谿体験が非常に重要なのではないかと。きっと長谷川等伯は、牧谿のこの絵を、大徳寺に特別に見せてもらったのでしょう。
牧谿の作品を学んで、長谷川等伯なりにいろいろと画風を突き詰めていった先にある作品が、この松林図屏風なんです。
なりきり日本美術館では高精細複製品を展示しています。複製の展示をどう思う?
かなり前に、中国の上海から遠出して湖州市に行ったとき、地元の歴史とか文化とかを紹介する博物館があって、そこは複製が多く展示されていたけど、違う文化圏からやってきた人にとっては、写真パネルよりは断然わかりやすいと思いました。
本物ではないけど、元の形や色に忠実に作られた複製があって同じ大きさだったら、その作品の情報を、雰囲気を伝える役に立ちますね。教科書や資料集の小さい図版でみるより、ずっと説得力があります。
本物は材質の脆弱さもあって、強い光を当てて長い時間展示することができないから、展示室はどうしても暗くなってしまう。子どもは暗いところを怖がる子も多いでしょう?その点、複製だったら、照度制限を気にせず展示ができるから、明るい展示室になる。トーハクと文化財活用センターがこうして進めているように、ウチの博物館の名品をいろいろ複製にして、常設展示ができるといいですね。
【救仁郷さんの野望 その2】子どもが怖がらない明るい展示室があって(現状ありません)、そこを見たら、外にアスレチックパークがあって(これもありません)、そこで思い切り体を動かして遊ぶ。そんな博物館にしたらどうかと。そういう子どもにとって楽しい場所だったら、何回も来たいと思うでしょう?子どもも大人も行きやすい博物館にしたいですね。
往年の松林図ファンからは、いまどのように見えますか?
松林図は、感情が極まっているっていう感じではないけど、人生の苦しみとか寂しさを乗り越えて昇華したような印象を受けますね。
寂しい絵だって思う瞬間もあるかもしれないけど、だんだん光が差してきて、晴れあがっていく寸前だとすると、すごく希望に満ちた感覚が持てますよね。太陽が沈んでいくよりも昇っていくイメージ。それは見る人の状態によって変わるんだろうね。
そういえば今、トーハク平成館で開催中の特別展「桃山―天下人の100年」で、国宝「松林図屏風」が展示されています(会期~11月29日)。国宝「檜図屏風」(東京国立博物館蔵)があって、松林図があって、国宝「楓図」(智積院蔵)・・・(この並びは取材時の展示内容です。たいそう絢爛なラインナップ)松林図の両脇は世俗の苦しみとか悲しみとか、愛とかが渦巻いてて、その中にあって、松林図は孤高の存在感を放っていましたよ。純粋で清浄な世界を、ちゃんと主張していました。ふふふ。
インタビューはここで終わり、
なりきり日本美術館リターンズでは、今回取り上げた国宝「松林図屏風」のほか、重要文化財「風神雷神図・夏秋草図屏風」、国宝「八橋蒔絵螺鈿硯箱」をテーマにしたコーナーで構成されています。会期は12月6日まで。トーハクに、美術を楽しみにきてください。
親と子のギャラリー
「トーハク×びじゅチューン!なりきり日本美術館リターンズ」
日時:2020年10月27日(火)~ 12月6日(日) 9:30~17:00(金・土曜日は21時まで開館)
会場:東京国立博物館 本館 特別5室・特別4室(台東区上野公園13-9)
休館日:月曜日、11月24日(火) ※ただし11月23日(月・祝)は開館
主催:東京国立博物館、文化財活用センター、NHK
料金:総合文化展観覧料金(一般1,000円 大学生500円)でご覧いただけます
※東京国立博物館への入館にはオンラインによる事前予約が必要です。詳細はトーハクウェブサイトをご確認ください。
※会期、開館日、開館時間、入館方法等については、諸事情により変更する場合がありますので、展覧会特設ページでご確認ください。
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- 2020年11月17日 (火)