福岡の至宝が里帰り、「福岡の至宝に見る信仰と美」
私たちに生まれ育った故郷(ふるさと)があるように、「文化財」にも故郷と呼べる地域が存在します。
たとえば、考古資料なら出土地や生産地、絵画作品なら画家の出身地や描かれている場所、あるいは工芸なら制作地やその技術・技法が生まれた場所といったように―。
「地域」を切り口に文化財を眺めてみると、改めてそれぞれの文化財がもつ地域の魅力や歴史、文化に気づかされるのではないでしょうか。
私が担当する国立博物館収蔵品貸与促進事業は、国立博物館が収蔵する文化財を、輸送費などを負担して全国の博物館・美術館にお貸出しする事業。まさに文化財の「里帰り」のお手伝いともいえる活動です。私自身、地方(岐阜)出身者で、故郷をこよなく愛する者ですが、各地域で開催される展覧会にご来館くださった皆様が、地元ゆかりの文化財に出会い、親しみを感じ、そして地元の文化と文化財を未来に守り伝える「応援団」となってくださることを願いつつ、日々業務にあたっています。
さて、本日ご紹介するのは、令和2年度東京国立博物館貸与促進事業・大規模貸与*に採択され、九州歴史資料館で開催中の「福岡の至宝に見る信仰と美」展(~11/29まで)。現在は県外に所在し身近に見る機会のない福岡ゆかりの考古歴史資料や美術工芸品が公開されています。「信仰と美」をテーマとして古代(弥生時代)から近世(江戸時代)まで幅広く集められ、選び抜かれた国宝6件、重要文化財22件を含む89件が故郷に錦を飾るがごとく、福岡の歴史と魅力を伝えています。
トーハクからは国宝1件・重要文化財2件を含む27件が「里帰り」中ということで、早速、会場を拝見してまいりました。
*「大規模貸与」は、21件以上の文化財を貸し出す貸与事業です。
九州歴史資料館。福岡(天神)駅から西鉄天神大牟田線急行で30分ほどで三国が丘駅へ。徒歩約10分で雄大な自然の中に映える美しい建物が見えてきます。
今回は特別に、展覧会を担当された九州歴史資料館学芸員の遠藤啓介さん、学芸研究班長の松川博一さんのお二方から本展の見どころをご案内いただきました。
展覧会冒頭の「第1章 祭祀と美の萌芽」では、弥生・古墳時代の考古資料をご紹介。トーハクからお貸し出ししている、弥生時代の貝輪、古墳時代の銅鏡、ガラス小玉など装飾品、金環・耳飾などの装身具がケース内にずらりと並び、九州という土地柄ゆえに起こりえた大陸との交流、そしてその影響を振り返ることができます。
会場内の展示にも工夫が凝らされ、展示ケースの上部壁には、展示中の考古遺物の出土地(遺跡)の写真パネルが掲出されていました。これがお客様からもとても好評なのだとか。
展示会場内の様子。ケースの上部壁には、展示されている資料の出土地を写真パネルで掲出。
学芸研究班長の松川さんによれば、実家の近くの古墳ということで身近に感じ、九州歴史資料館に初めて足を運ばれた方もいらしたそうです。出土品と見慣れた場所の写真を前にして「あーここ、ここ」と嬉しそうに話されたのが印象的だったとのこと。来館された方が地域ゆかりの文化財に親しみを感じ、笑顔で喜んでくださる瞬間に立ち会えることも博物館職員の喜びのひとつです。
私のような県外からの来館者も、出土地(遺跡)の写真に影響を受け、旅のついでにちょっと足を延ばして遺跡めぐりをしたくなりました。
「第2章 経塚遺宝」で紹介されているのは、11世紀後半から12世紀にかけて流行した経塚文化を語る資料の数々。経塚造営の一大中心地であった福岡には、他とは異なるユニークな出土品、たとえば紙ではなく、より堅牢な瓦や滑石などに経文を刻み付けた経塚遺宝が残っています。
ご担当の遠藤さんによれば、特に東京国立博物館所蔵の「滑石経」(伝福岡県筑後市若菜八幡宮出土)は、他の地域では例がなく非常に稀少なものなのだとか。今回の「里帰り」は、こうした現存例の少ない文化財を、地元の研究者が調査する貴重な機会となりました。新たな知見も得られ、地域特有の稀有な文化や歴史についてさらに調査研究が深まるきっかけともなったようです。
滑石経 伝福岡県筑後市若菜八幡宮出土 平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵
奈良・東大寺や京都・石清水八幡宮所蔵の古文書を紹介した「第3章 古代文書にみる太宰府と寺社」に続き、「第4章 円珍・円爾の事績」には、トーハクから貸し出し中の円爾ゆかりの国宝・重要文化財の墨蹟が、それぞれ前期と後期に1点ずつ登場します。
古代史をご専門とされている松川博一さん。
九州での公開は14年ぶりとなった国宝「聖一国師あて尺牘(板渡しの墨跡)」の前にて。(※この作品は11/1で展示終了)
円珍は、入唐前に太宰府四王院に寄住しており、九州ともゆかりの深い天台宗の僧。一方、円爾(聖一国師)は中国径山の無準師範に参禅し帰国後に博多・承天寺を創建したことで知られる臨済宗の僧です。
トーハク所蔵の国宝・「聖一国師あて尺牘(板渡しの墨跡)」の展示は残念ながら11月1日まででしたが、11月3日からは重要文化財「禅院額字『釈迦宝殿』」が登場しています。もとは、京都・東福寺に伝来し、梅原龍三郎氏からトーハクが寄贈を受けた墨蹟で、無準師範が揮毫し円爾に送った額字の原本です。
重要文化財「禅院額字『釈迦宝殿』」無準師範筆
中国南宋時代・13世紀 京都・東福寺伝来
梅原龍三郎氏寄贈 東京国立博物館蔵
続いて、神功皇后の八幡信仰と菅原道真の天神信仰という福岡の特徴ともいえる二つの信仰を紹介する「第5章 華開く信仰の美」。巨大な「鰐口」や、折り畳み可能で携行もできる重要文化財「金銅板両界曼荼羅」(茨城・徳満寺所蔵)など見ごたえある文化財が並びます。この作品は展覧会図録の表紙にもなっており、展覧会の目玉作品の一つ。銘文によれば鎌倉時代に柳川市清楽寺のために作られ、江戸時代に北相馬の地に至ったもの。ほかに類例のない稀有な作品ですので、ぜひこの機会にお見逃しなく!
「第6章 芦屋釜と茶道具の世界」では、福岡ゆかりの芦屋釜、上野焼、高取焼の逸品、黒田家、細川家ゆかりの茶道具を展示。九州歴史資料館で茶道具の本格的な展示をするのは初めてだそうですが、トーハクからも「遠山五匹馬図真形釜」「烏図真形釜 銘 濡烏」など芦屋釜の名品を貸し出しています。
名釜だけでなく、福岡の戦国大名黒田家と、豊前の細川家がそれぞれ重用した「高取焼」と「上野焼」の名茶碗、両家当主の好みが反映された茶杓、茶入、花入など、茶道具の名品の数々が集結し、競い合うように並んでいます。遠藤さんご自身も茶道をたしなまれるそうです。展覧会には茶道関係者も多く訪れてくださっているようです。
本展覧会を担当された学芸員の遠藤啓介さん。お茶道具がこれほどそろって展示されるのも九州歴史資料館では初めてのこと。
「遠山五匹馬図真形釜」「烏図真形釜銘濡烏」前にて。
最終章の「第7章 黒田家の名宝」では、12代にわたり福岡藩主を務めた黒田家伝来の資料や美術工芸品を紹介しています。トーハクからは重要文化財 唐絵手鑑「筆耕園」が里帰りを果たし、トーハク館内でも長年展示されることのなかった「侲(しん)童傀儡図」の場面を公開中。
重要文化財 侲(しん)童傀儡図(唐絵手鑑「筆耕園」のうち)蘇漢臣款
中国 明時代・15~16世紀 東京国立博物館蔵
(展示期間:11/3-11/29)
最後にひとつ、耳寄り情報を。トーハクからのお貸出し品ではありませんが、黒田家ゆかりの名品の中で今回絶対見逃せないのが、「藤原定家本 源氏物語 若紫」。昨年発見され話題となったこの「若紫」は、三河吉田藩主家の大河内家伝来の一帖です。江戸時代に福岡藩主・黒田継高から老中大河内家の松平信祝(のぶとき)に譲渡されたと伝わる定家校訂本で、これまでに確認されている「花散里」「行幸」「柏木」「早蕨」の中でも現存最古の一つ。九州では初公開です! 11月15日までは「手に摘みての歌」、11月17日からは「若紫の手習」の箇所が展示されるそうですので、ぜひ間近でご覧ください。
展覧会図録「福岡の至宝に見る 信仰と美」(1300円(税込)、送料別途)
トーハク所蔵の文化財はもちろん、「藤原定家本 源氏物語 若紫」の一部がカラー図版で掲載されています。
図録の通信販売お申込みは、九州歴史資料館ウェブサイトから。[http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/kyureki/publish/zuroku.html]
この秋に実施される貸与促進事業、もうひとつは12月13日(日)まで開催中の千葉県立中央博物館「ちばの縄文 貝塚からさぐる縄文人のくらし」展です。こちらも近いうちに当ブログでレポートをお届けします。どうぞお楽しみに!
展覧会会場の様子
九州歴史資料館 移転開館10周年記念特別展
「福岡の至宝に見る信仰と美」
2020年10月6日(火) ~ 2020年11月29日(日)
九州歴史資料館(〒838-0106 福岡県小郡市三沢5208-3)
公式サイト http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/kyureki/exhibition/index.html#p2
公式Twitter https://twitter.com/kyureki_kyuoni/
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- 2020年11月10日 (火)