よみがえった飛鳥の伎楽面!!―後編―
前回のブログでは、よみがえった伎楽面の見どころについてご紹介しました。
いよいよ、復元の制作過程についてお話しします。今回の模造制作は、京都にある松久宗琳佛所(まつひさそうりんぶっしょ)にお願いしました。四天王寺中門の仁王像や比叡山延暦寺大講堂の諸像なども手掛けた工房で、木彫・彩色の技法に精通しています。
復元模造ができるまでの工程を大まかに示すと、以下のような手順です。
1. 彩色調査
2. 3Dデータ作成と樹脂原型の制作
3. 彫刻
4. 彩色
5. 金具の再現
それぞれの工程を詳しく見ていきましょう。
1. 彩色調査 ~ 2. 3Dデータ作成と樹脂原型の制作
制作にあたってはまず、〈ぶんかつ〉企画担当であり彫刻作品の調査研究が専門の西木政統(にしきまさのり)研究員とともに、赤外線撮影による彩色調査を行ないました。肉眼ではほとんど見ることのできない線描などが明確にわかり、後の彩色作業で大いに役立ちました。
次にトーハクの保存修復課にお願いし、伎楽面の3Dデータを取得しました。これに基づいて樹脂原型を制作し、いよいよ彫刻作業に進みます。
3D計測に基づく呉女面の樹脂原型
3. 彫刻
伎楽面の原品はクスノキで作られているため、復元模造にも同じくクスノキを用いました。見た目からはわからないかもしれませんが、およそ同じように木目がでる位置を狙って木材を確保しました。
クスノキは彫刻の形によって収縮する性質(アバレといいます)があるため、まずはおおまかな形を彫ったうえで、2か月ほど木材を休ませて安定させました。その後、樹脂原型を参考に細かな彫刻を施していきます。
迦楼羅面の彫刻作業(荒彫り)
迦楼羅、呉女ともに原品では失われている部分も多いので、その部分をどう復元するのかは大きな問題となりました。迦楼羅については、ドイツのミュンヘン州立民族学博物館にトサカ部分が所蔵されていることが先行研究により知られていますので、その調査資料に基づいて復元しました。呉女は、大正時代の古写真に現在失われている額(ひたい)部分が写っていますので、それを参考としました。鼻の高さは、今も残る小鼻の痕跡から幅を決め、それにあわせて自然なラインを求めました。
呉女面の彫刻作業(仕上げ彫り)
しかし、樹脂原型のみでは正確な再現はできません。そこで彫刻の最終段階には、原品をとなりにおいて確認しながら修正作業を行ない、細部を詰めていきました。そっくり同じに作るというのは想像以上に大変なもので、それを成し遂げてくださった仏師のみなさんの高い技術力に感嘆した次第です。
4. 彩色
彫刻に続き、彩色も非常に困難な作業でした。まず、剥落が目立つ原品の彩色のなかで最も保存状態のよい場所を探り、カラーチャートを使って色味を決定しました。トーハクがかつて実施した分析調査により、原品に用いられた岩絵具の種類もおよそ特定されているため、その記録に基づいて岩絵具を選んでいきます。 しかし、一口に岩絵具といっても、製造しているメーカーによって色合いがかなり異なります。そこでさまざまな種類を用意し、調合を重ねながら色を決めていきました。
絵具の選定作業
ここからいよいよ彩色です。まず全体を白土(はくど)で下塗りをします。クスノキは水を吸い上げるための導管が太いので、彫刻の表面に無数の穴が現われます。白土によってこれを滑らかにすることができるとともに、絵具の発色を良くして彩色を頑丈にする働きもあります。
原品を見ると白土のうえにまず薄い色を重ね、その上から濃い色をぼかして全体の調子をつけています。中には上塗りによって見えなくなってしまう部分も多いのですが、下塗りの濃淡も忠実に再現しました。長い年月が経過し、やがて復元模造の彩色が劣化していくと、原品と同様の状況になるはずです。
迦楼羅面の下塗り
事前の赤外線写真撮影によって、迦楼羅面の耳やあご下には鳥の羽毛が描かれていることがわかっていました。そこでこの部分はまずわたしが復元模写図を作成し、これに基づいて松久宗琳佛所に線を引いていただきました。毛筋一本も正確に再現してほしいと、かなりハードルの高いお願いをしましたが、長期にわたる根を詰めた精緻な仕事の結果、原品に近い雰囲気を再現することができました。
迦楼羅面の手描き線とその復元
5. 金具の再現
今回冒険的に試みたことに、金具の再現があります。呉女の髪には現在も二本の笄(こうがい)が付いていますが、これと同じ形のもう少し小ぶりなものが、法隆寺に残されていました。きっと古い時代に外れ、分かれ分かれとなったものでしょう。
調査の結果、丸く結い上げた髪の付け根につくことがわかりました。また頭頂部にも、下半分だけを残して折れてしまった金具があります。この部分についても、折れた幅と厚みが一致する宝珠形の金具が法隆寺に残されているため、笄とあわせて復元しました。原品と同様に、薄い銅板に彫刻し、アマルガム鍍金(金メッキ)を施したものです。特に、宝珠形の金具の形状は、櫛状に切った銅をねじって火炎にするという他に例のないもので、切れてしまうことなく同じようにねじるのに苦労したそうです。
左:法隆寺献納宝物 伎楽面 呉女(飛鳥時代・7世紀)
右:笄形髪飾り(飛鳥時代・7世紀)法隆寺蔵
復元模造 呉女面の金具部分
復元模造 呉女面の宝珠型金具
次に迦楼羅面ですが、クチバシにくわえた宝珠の部分に輪状の金銅金具が残されています。このことから、何かが吊り下げられていたと考えられてきましたが、これについてはピンとくるものがありました。法隆寺献納宝物に伝わる金具類のなかに、鎖のついた金銅製の鈴があります。幡などの染織品に付属する金具ではなく、またほかに類例のない不思議な鈴です。実際に迦楼羅面のクチバシ位置から下げてみると、ぴったりとバランスよく収まることがわかりました。
左:迦楼羅面 鎖付金銅鈴(飛鳥時代・7世紀)東京国立博物館蔵
右:復元模造に取り付けられた再現金具
迦楼羅面のクチバシは極端に上を向いていますが、鈴を下げてみるとちょうど顎の高さで収めることができます。迦楼羅という鳥の美しい鳴き声を鈴の音で表現したものではないでしょうか。後世の例ですが、舞楽で用いる崑崙八仙(ころばせ)という鳥の仮面はクチバシから鈴が釣り下がっています。その原型を法隆寺献納宝物の迦楼羅面に求めることができるのではないでしょうか。もとの姿を確認するすべはありませんが、これらの想定により今回は鈴を釣り下げる形で復元しました。
左:法隆寺献納宝物 伎楽面 迦楼羅(飛鳥時代・7世紀)
右:模造 伎楽面 迦楼羅(令和元年)
左:法隆寺献納宝物 伎楽面 呉女(飛鳥時代・7世紀)
右:模造 伎楽面 呉女(令和元年)
このように多数の過程を経て、めでたく完成した伎楽面。「呉女」・「迦楼羅」の復元模造は、それぞれ以下の会場・期間でご覧いただけます。
【呉女】復元模造 | 東京国立博物館 総合文化展 展示期間=2019年10月8日(火)―11月23日(土)のうち金・土 会場=法隆寺宝物館 第3室 料金=総合文化展観覧料でご覧いただけます ※「呉女」の原作品も上記期間・上記会場において展示 |
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【迦楼羅】復元模造 | 御即位記念特別展 正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美― 展示期間=2019年11月6日(水)―11月24日(日) 会場=東京国立博物館 平成館 料金=トーハクWEBサイトをご覧ください ※「迦楼羅」の原作品も上記期間・上記会場において展示 |
ぜひみなさんに足をお運びいただき、鮮やかによみがえった飛鳥の色彩世界をご覧いただきたいと思います。ご期待ください!!!
「模造 伎楽面」の制作者情報
彫刻・彩色:大仏師 松久宗琳佛所(松久佳遊・福島啓真・梅澤宗信・松久靖朋・諸橋重慧)
漆芸:黒飛亘
金工:古賀聖浩
鍍金:谷尾剛
鉄釘・鎹:高橋資
3Dプリント:システムクリエイト
総監修:文化財活用センター、東京国立博物館
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- 2019年10月24日 (木)