ぶんかつブログ

没後150年。石見の天才絵師、山本琹谷の画業

現在、島根県立石見美術館にて「没後150年 山本琹谷と津和野藩の絵師たち」(会期は8/28月曜まで)が開催されています。
本展は、山本琹谷(やまもときんこく)(1811~1873)の初期の作品から、晩年となる明治維新後までの作品を一堂に会し、その画業を5章構成で幅広く紹介する展覧会です。また、琹谷以外の津和野藩で活躍した絵師たちの作品を第6章にて展示し、彼らの多彩な魅力にも迫ります。

▷「没後150年 山本琹谷と津和野藩の絵師たち」の開催概要をみる


「島根県立石見美術館」と「島根県立いわみ芸術劇場」からなる芸術文化複合施設「グラントワ」

琹谷は、石見国鹿足郡津和野(現在の島根県西部)に生まれ、幕末から明治初めにかけて活躍した絵師です。
幼い頃から絵を好み、津和野藩家老の多胡逸斎(たごいっさい)に入門しました。逸斎に従って江戸に赴き、逸斎の仲介により桜間青厓(さくらませいがい)の門を叩き、その後、青厓の友人である渡辺崋山(1793~1841)に学びました。
しかし、崋山が「慎機論」をあらわして幕府の鎖国政策を批判し、天保10年(1839)に「蛮社の獄」により逮捕された後は、高久靄厓(たかくあいがい)、椿椿山(つばきちんざん)に師事しました。この頃の琹谷の人となりについては、崋山が幽居中に椿山に宛てた書簡に垣間見ることができます。
一端をご紹介いたしますと、「山本琴(琹)谷が高久靄厓君の画塾に入門したものの、雑役の走り使いにされて志を果たせない由、これほどとは予想しなかったことで訪問客の応接や掃除に追われ、労多くして益が少ないことに堪えられないそうです。それで藩家老らの意見により一旦国元に帰り、今は貴兄の画塾に入門された由。この琴谷は誠に正直で信頼できる人物です。」(『渡辺崋山書簡集』/東洋文庫)。さらに続きますので、興味のある方は『渡辺崋山書簡集』などにてご覧いただけたらと思います。

このように、逸斎や崋山、椿山などのもとで腕を磨いた琹谷は、嘉永6年(1853)頃に晴れて津和野藩の絵師となります。その最初の仕事とみられるのが、津和野藩御用絵師の岡野洞山陳盖(おかのどうざんちんがい)とともに携わった、津和野藩御殿内の杉戸絵や襖絵などの障壁画の制作でした。これには、城下で発生した大規模な火災によって津和野藩御殿が焼失してしまい、新御殿を再建することになった背景がありました。
その後、明治4年(1871)、廃藩にともなって御殿は解体され、現在の浜田市へ移築されましたが、現在はほとんどが所在不明となり、一部が津和野町や浜田市の機関に分散して所蔵されるのみとなっています。
本展では、その現存する杉戸絵を第2章「津和野藩の絵師への昇進」にて、ご覧いただくことができます。津和野町郷土館や浜田市教育委員会、津和野町教育委員会、そして津和野町立津和野中学校に所蔵される杉戸絵が並んでいます。鶴や鷺、鯉などがいきいきと描かれており、津和野藩御殿内に彩を添えていた様子がうかがえます。

絵師となった琹谷は、その後幅広い画題を手掛けました。中でも最も得意としたのは、中国の故事に基づいた人物画や山水画で、そのほかには花鳥画や、日本的な画題の絵なども描きました。第3章では多様な作品を紹介していますので、その多彩な筆致にどうぞご注目ください。


牧童 山本琴谷 明治時代・19世紀 絹本着色 東京国立博物館蔵

また、琹谷は江戸を拠点にして、各地に足を運び、多くの文化人たちと交流し、その人物たちの肖像画も手掛けました。第4章では、栃木県佐野市の豪農・吉澤松堂夫妻や、津和野出身の国学者・岡熊臣、富山県氷見市出身の剣術家・斎藤弥九郎などの肖像画をはじめ、書簡類や琹谷の弟子たちの作品を紹介しています。琹谷の交際範囲の広さや、後進の育成に努めたことで多くの弟子が琹谷の画風を受け継ぎながらも独自の作風で活躍した様子をご覧いただけます。

東京国立博物館からお貸し出しした7件の作品は、第5章「明治維新後の活躍―晩年の画業―」に展示されていて、いずれも通期でご覧いただけます。
※8月2日(水)から後期展示となりました。一部展示替えやページ替えとなった作品があります。ホームページに掲載の出品目録でご確認いただけます。

▷「没後150年 山本琹谷と津和野藩の絵師たち」出品目録 https://www.grandtoit.jp/uploads/files/list_kinkoku_tsuwano.pdf


第5章の展示風景


童児擁猫図 山本琴谷 明治時代・19世紀 絹本着色 東京国立博物館蔵

琹谷は明治6年(1873)、信州上田への旅行中に病にかかり、同地にて63歳で亡くなりました。明治3年に津和野藩知事の亀井茲監(かめいこれみ)から明治天皇へ献上された、天災や貧困に苦しむ人々を描いた長大な巻物「艱民図」の制作、明治6年のウィーン万国博覧会には、「萩に山鳥図」と「薔薇に山鳥図」を出品するなど、この世を去る直前まで精力的に制作を続けました。

琹谷が諸国を巡って肖像画などを描いていたこと、解体された津和野藩御殿の一部が残るのみでほとんどが所在不明になっていることなどもあり、今後新たに琹谷作品が発見される可能性もあると、本展の担当学芸員の角野広海さんが話してくださいました。私も、本展で琹谷が注目されることにより、各地から情報が寄せられることを大いに期待しています。

最後に、図録のご紹介をいたします。本展の図録は価格:3,120円(税込)です。ミュージアムショップにて展覧会期中(8/28月曜まで)限定で販売しています。売れ行きは好調とのことですので、お買い求めはお早めにどうぞ。

崋山が「誠に正直で信頼できる人物」と評した、幕末から明治にかけ激動の日本を絵筆でわたった石見の天才絵師、琹谷の画業をこの夏ぜひ会場でご覧ください。

【アクセス】
JR:JR益田駅から約1km(→バス:約5分、徒歩:約15分)
バス:JR益田駅から石見交通バス(医光寺行き)→「グラントワ前」バス停下車

没後150年 山本琹谷と津和野藩の絵師たち

会期 2023年7月8日(土) ~ 2023年8月28日(月)

会場 島根県立石見美術館(〒698-0022 島根県益田市有明町5番15号)

開館時間 9時30分〜18時00分(展示室への入場は17時30分まで)

休館日 毎週火曜日、年末年始(火曜日が祝日の場合は、その翌日以降の最初の休日でない日が休館日)
*催しにあわせて休館日を変更する場合があります。

観覧料 一般 1,000円、大学生 600円、小中高生 300円

島根県立石見美術館 公式サイト https://www.grandtoit.jp/museum/
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