読み継がれ、広がる王朝文学の世界。伊勢物語とかきつばた
現在、愛知県の刈谷市歴史博物館にて開催中の「伊勢物語とかきつばた」(会期は6/5日曜まで)についてご紹介いたします。
刈谷市歴史博物館 外観
刈谷市歴史博物館 入口
平安時代に成立した歌物語『伊勢物語』
全125の各章段の冒頭が「むかし、男(ありけり)」ではじまることは、古文の授業でおなじみですね。
平安貴族の元服の儀式である初冠(ういこうぶり)をすませた「昔男」が奈良の春日の里で出会った姉妹へ熱烈な思いを伝える、初段の「春日野の初冠」にはじまり、京にいては栄達の道もないと思い友人たちと連れ立って東国へ向かう第九段の「東下り」、子供のころにいつも井戸端で遊んでいた男女がお互いを意識しあうようになるもお互いに気恥ずかしく、親の勧める縁談を断りつつ歌のみ交わしあううちにやがて結婚する第二十三段「筒井筒」などのよく知られた章段があり、辞世の歌を詠む第百二十五段の「臨終」におわります。
『伊勢物語』第九段「東下り」ではじめに訪れた三河国八橋で、昔男が詠んだ歌、
唐衣(からころも)
きつつなれにし
つましあれば
はるばるきぬる
旅(たび)をしぞ思ふ
各句の頭に「か・き・つ・ば・た」を置いた折句になっています。折句、枕詞、掛詞、縁語などを含む技巧に富んだこの歌は、よく知られた1首かと思います。古今和歌集にも収録されている在原業平(ありわらのなりひら)の歌です。
『伊勢物語』はさまざまな男女の物語が歌とともに語られています。六歌仙・三十六歌仙のひとりで、プレイボーイとしても名高い在原業平にまつわる歌語りが中心となっていることから、昔男のモデルは業平ではないかと読者に想起させます。たとえば能楽においては、『伊勢物語』を題材とした演目、「杜若(かきつばた)」や「隅田川」、世阿弥(生没年不詳)作である「井筒」などに在原業平が登場します。
このように、東国へ向かう途中の三河国の八橋で、美しい「かきつばた」を目にした昔男が詠んだ歌が、愛知県刈谷市をはじめとする西三河地域を、誰もが知る「かきつばた」の名所にしました。
刈谷市歴史博物館館内の壁には地元・トヨタ紡織製のシート素材を使った「かきつばた」の装飾が施されています
刈谷市歴史博物館「伊勢物語とかきつばた」展へ
『伊勢物語』第九段の「東下り」にちなんで企画された本展のみどころについて、担当学芸員の長澤慎二さんにおうかがいしましょう。
伊勢物語の八橋といえば、かきつばたの咲く池の中に木道状の橋が8つ架けられ、その脇に貴族が3人たたずんでいる姿をイメージされる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、これは江戸時代に定着したイメージです。そもそも八橋の姿というのは、歴史的に明らかになっておらず、千年にも及ぶ長い歴史の中で、さまざまなイメージが生まれています。
この展覧会では、さまざまな八橋の姿を展示しています。伊勢物語の八橋がどのように描かれてきたのか、注目していただけると面白いかと思います。
後半では、江戸時代の伊勢物語、特にパロディ本を多く展示しています。このパロディという文化は、現代でも漫画やアニメ、ドラマなどでもよく行なわれますが、その起源ともいえる作品たちです。荒唐無稽な設定も多く、伊勢物語のストーリーを知ったうえで読むと楽しい内容になっています。図録には一部作品の翻刻も載せていますので、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。
担当学芸員の長澤慎二さん。展示会場へ向かう階段前にて
長澤さん、ありがとうございました。
それでは、展示会場をご紹介いたしましょう。
「伊勢物語とかきつばた」展は大きく2章で構成されています。
第1章の「伊勢物語」の実際では、物語のあらすじや、歴史上の人物としての業平を紹介して伊勢物語への理解が深まるようになっています。
第2章の「伊勢物語」の広まりでは、公家社会の中で継承されてきた物語が武家へ、そして江戸時代には版本が庶民の間でも読まれるようになり、能楽や絵画作品、パロディ本などを通して広く楽しまれるようになった様子を紹介しています。
展示会場風景
本展は、文化財活用センター〈ぶんかつ〉が作品輸送費等を支出し、東京国立博物館・京都国立博物館・奈良国立博物館・九州国立博物館の4つの国立博物館が所蔵する各地域ゆかりの文化財を貸し出す「国立博物館収蔵品貸与促進事業」による、令和4年度最初の展覧会です。
東京国立博物館(トーハク)と京都国立博物館(京博)から「伊勢物語絵巻」を含む3件の文化財をお貸し出ししています。
伊勢物語絵巻(模本) 巻第一(東京国立博物館蔵)の展示風景
※本作品の展示は前期(~5/15日曜)まで
展示室ではお貸し出しした一部の作品について写真撮影が可能です。
伊勢物語絵巻 上巻(部分) 江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵
写真撮影可能な作品のひとつです。※全期間展示(巻替あり)
「かきつばた」は刈谷市の花、愛知県の花ともなっています。『伊勢物語』の八橋をテーマとした本展は、まさに地域ゆかりの文化財をお貸し出しする貸与促進事業の趣旨にかなった展覧会といえます。
図録のご紹介
本展の図録は価格:1,500円(税込)です。刈谷市歴史博物館の受付にて販売しています。
通信販売も受け付けているそうです。くわしくは刈谷市歴史博物館「企画展「伊勢物語とかきつばた」図録」https://www.city.kariya.lg.jp/rekihaku/kankobutsu/1009332.html をご覧ください。
刈谷市に自生する「かきつばた」
『伊勢物語』に登場する八橋(現・知立市)を含むここ西三河地域では、現在も「かきつばた」の花を楽しむことができます。
刈谷市歴史博物館と同じ刈谷市内にある国指定天然記念物「小堤西池のカキツバタ群落」は、日本三大「かきつばた」の自生地のひとつです。
天然記念物のため肥料を与えることはせず、除草作業により成長を促しているそうです。必要以上に手をかけず自然のまま群生する「かきつばた」、刈谷駅前観光案内所でお話をうかがったところ、花の見ごろはちょうど今頃5月中旬、5月いっぱいまで咲いているそうです。刈谷市歴史博物館の「伊勢物語とかきつばた」展とともに、『伊勢物語』に描かれた三河国八橋に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
刈谷市観光協会 https://www.kariya-guide.com/sightseeing/000001.html
展覧会の会期は2022年6月5日(日)まで。みなさま、刈谷市歴史博物館へどうぞお出かけください。
企画展「伊勢物語とかきつばた」
会期 2022年4月23日(土)~2022年6月5日(日)
会場 刈谷市歴史博物館(〒448-0838 愛知県刈谷市逢妻町4丁目25番地1)
刈谷市歴史博物館・公式サイト https://www.city.kariya.lg.jp/rekihaku/index.html
刈谷市歴史博物館・公式Twitter https://twitter.com/kariyarekihaku
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- 2022年05月19日 (木)