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マルチな異才・森川杜園。生誕200周年に名品集う

10月に入りました。スポーツの秋、芸術の秋。展覧会のシーズンでもありますね。

このブログでは、奈良県立美術館において現在開催中の、令和3年度国立博物館収蔵品貸与促進事業のひとつである、「生誕200周年記念 森川杜園展」(~11/14まで)をご紹介いたします。

▷「森川杜園展」の開催概要をみる

森川杜園(とえん)(1820~1894)は大和(現在の奈良県奈良市)生まれ。奈良人形を芸術の域に高めたことで知られます。奈良人形は奈良の伝統工芸のひとつで、春日若宮おん祭で用いられる花笠や島台を飾った彩色の人形がその始まりとされます。杜園が活躍した明治期より、奈良人形を「一刀彫」、「奈良一刀彫」とも呼ぶようになりました。


奈良県立美術館 外観

本展には、東京国立博物館(トーハク)から、杜園が手掛けた奈良人形の傑作「能人形 牛若・熊坂」をはじめとする23件、奈良国立博物館(奈良博/ならはく)からは如意輪寺堂扉(模造)の計24件をお貸し出ししています。

杜園は、造形力豊かな彩色木彫を手掛けた一方で、明治政府が進めた古器旧物調査(壬申検査)を背景に、博物局や博覧会からの依頼によって名宝の模写、模造の制作にも取り組みました。


如意輪寺堂扉(模造)森川杜園模 明治時代・19世紀 奈良国立博物館蔵

博覧会は、近代化政策がすすめられる中、勧業政策の一環として多く開催されました。その中でも代表的なものに、内国勧業博覧会がありますが、トーハクとの縁が深いのでご紹介いたしましょう。
第一回から第三回までは上野公園が会場となりました。第一回は明治10年(1877)、上野の寛永寺本坊跡に建てられた煉瓦造の美術館での開催。会期102日で入場者は45万人を越えました。第二回は明治14年(1881)、新築されたばかりの上野博物館(のちの東京帝室博物館・旧本館)を利用しての開催。会期122日で入場者数は82万人にのぼりました。この旧本館は、新政府のお雇い外国人として来日した英国人建築家(ジョサイア・コンドル)の設計によるものでした。しかし、大正12年(1923)の関東大震災によって大きく損壊し、惜しまれながらも取り壊されました。現在の本館とほぼ同じ場所に位置していた旧本館。トーハクの庭園には、第二回内国勧業博覧会の石碑が建っています。


東京国立博物館の庭園


庭園内にある第二回内国勧業博覧会の石碑

第二回内国勧業博覧会の石碑(部分)

杜園は、第一回内国勧業博覧会に「蘭陵王」などを出品し、鳳紋賞を受賞。第二回では、本展にお貸し出ししている「龍灯鬼」(模造)を出品して妙技賞を受けています。


龍燈鬼立像(模造) 森川杜園模 明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵
原品:興福寺蔵

さて、杜園の才能は木彫だけではありません。鹿の絵で知られた内藤其淵(きえん)に13歳の頃から絵を学び、その後、画技が認められて当時の奈良奉行から杜園の号が与えられました。また、この頃から学んだ狂言では、後に大蔵流狂言師山田弥兵衛を襲名するほどの名手となります。絵画・狂言・奈良人形(一刀彫)のいずれにも秀でた、マルチな才能を持った杜園。博覧会で受賞を重ねた、妙技が光る杜園作品の数々をじっくりと鑑賞したくなりますね。


「森川杜園展」会場写真
能人形 牛若・熊坂 森川杜園作 明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵

森川杜園作「能人形 牛若・熊坂」の後ろに展示されている、老松が描かれた板は鏡板(かがみいた)といって、能舞台正面の羽目板です。この鏡板は、杜園の旧宅に設えられていた稽古用の能舞台のものです。
杜園が傾倒した「狂言」は、現代にも通じる日常的な出来事を題材とした、笑いの要素を持つ台詞劇です。狂言師は狂言を演じるほか、「能」では前場(まえば)と後場(のちば)の合間に登場して、話の展開を説明したりする、アイ(間狂言)を演じます。ここぞ!という演者の瞬間をとらえた造形美、写実的な彩色は、狂言師として多くの舞台に立っていた杜園ならではといえるでしょう。


能人形 牛若・熊坂 森川杜園作 明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵

なかなか見ることがない人形の底面を、このブログではご紹介いたしましょう。白大口(しろおおくち)の裾や、足袋を履いた足裏の指の様子までもがしっかりと刻み込まれていますよ。会場で作品の一つひとつをじっくり見てみると、いろいろな発見があるかもしれません。


能人形 牛若(底面) 森川杜園作 明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵

さて、本展をご担当された奈良県立美術館指導学芸員の松川綾子さんに見どころをうかがいました。

本展の見どころについて、担当学芸員の松川綾子さんから
幕末から明治にかけて活躍した奈良県出身の彫工・森川杜園(もりかわ・とえん 1820-1894)の生誕200周年を記念する回顧展です。杜園は、奈良の伝統工芸の一つ、奈良人形(一刀彫)の制作に取り組み、豊かな造形表現と華やかな彩色によってこれを芸術の域にまで高めました。また、明治期には政府の文化財調査や奈良県の振興を目的とした博覧会事業に関わり、正倉院宝物や奈良の仏像・神像の模写模造にも取り組みました。全国的にはあまり知られていない彫工ですが、芸能や鹿、鶴や茄子から蝸牛まで、様々な題材による奈良人形のいきいきとした表現や、模造作品に見る超絶技巧は、杜園ならではのもの。中でも、杜園の卓抜した彫技が発揮された「観音菩薩立像(九面観音像)(模造)」(東京国立博物館)は必見です! 動乱の時代を生きた奈良の異才・森川杜園の全貌をおよそ200点の作品により紹介するまたとない展覧会です。ぜひ、ご覧ください。

松川さん、ありがとうございました。


観音菩薩立像(九面観音立像)(模造) 森川杜園模 明治25年(1892) 東京国立博物館蔵
現品:法隆寺蔵

展示室内では、こちらの観音菩薩立像(九面観音立像)(模造)のみ写真撮影が可能です。


「森川杜園展」会場入り口

奈良県立美術館では、今年8月にリニューアルした、なら工藝館の収蔵品等を紹介する「なら工藝館リニューアル記念~なら工藝歳時記~」を1Fギャラリーにて同時開催中です。また、連携企画として、奈良一刀彫の実演展示も行なわれています。

▷なら工藝館  https://azemame.web.fc2.com/index.html

「生誕200周年記念 森川杜園展」は2021年11月14日(日)まで開催中です。今は展覧会の会場に行くのが難しいという方には、図録の通信販売もあります(税込み2,400円、送料別)。
図録のお求めは、奈良県立美術館「図録販売」 http://www.pref.nara.jp/15717.htm をご覧ください。

大きな断面で豪胆に彫り上げた美しい造形に、繊細で写実的な彩色を施す奈良人形ですが、どこか愛らしさも感じます。一方、卓越した技巧による名宝の模造作品。どちらも杜園による魅力あふれる作品です。細部までどうぞじっくりとご鑑賞ください。

※本ブログ掲載の、奈良県立美術館の外観写真および会場写真は、すべて奈良県立美術館よりご提供いただきました。

生誕200周年記念 森川杜園展

2021年9月23日(木・祝) ~ 2021年11月14日(日)

奈良県立美術館(〒630-8213 奈良県奈良市登大路町10-6)

公式サイト http://www.pref.nara.jp/11842.htm

公式twitter https://twitter.com/ArtmuseumN

公式facebook https://www.facebook.com/narakenmuseum/

カテゴリ: 文化財の貸与