ぶんかつブログ

ぶんかつ保存担当から3周年によせて

文化財活用センター〈ぶんかつ〉は2021年7月1日に3周年を迎えました。
〈ぶんかつ〉では企画、貸与促進、保存、デジタル資源、総務の担当セクションがそれぞれの歩みを進めています。
〈ぶんかつ〉3周年リレーブログ、第5弾は保存担当課長の吉田から保存担当の取り組みについて、これまでとこれからの展望をご紹介します。

〈ぶんかつ〉発足時より、保存担当に課された役割は、全国のミュージアムが充実した文化財の活用を行ないながら、その価値を次世代に確実に継承するために欠かせない、展示室や収蔵庫における保存環境向上のためにさまざまなサポートを行なうことです。そのために、「保存環境に関する相談対応、改善のための調査、技術協力」、「保存環境に関する研修会等を通じた人材育成」、この2本を事業の柱としてまいりました。
実は(と言っても、ご存じの方も多いと思いますが)、これらは長年、東京文化財研究所(東文研)が担ってきたものであり、私自身が2003年以来従事していた仕事でもあります。2018年7月の〈ぶんかつ〉発足に合わせて、東文研からこれらの事業が私自身と一緒に移り、さらに充実させることが保存担当の責務となったわけです。

ひとまずは、場所が変わったとはいえ、これまでの業務を継続するということでした。ただ、多くのミュージアムにとって、保存上の問題はなるべく外部には知られたくないものです。発足したばかりで実績もない、どこの馬の骨ともわからない〈ぶんかつ〉に相談が寄せられるだろうか、という心配は正直ありました。
ただ、これに関しては、早い段階からさまざまな場面で〈ぶんかつ〉を宣伝する機会があったこと。また、“東文研の吉田”に寄せられた相談に“〈ぶんかつ〉の吉田”が対応することなどで、ミュージアムの方には受け入れていただき、今思い返すと、あっという間に心配は杞憂となりました。発足3か月後の10月には事務職員を、翌年1月には、私が苦手とする虫やカビなどの生物被害対策にも強い間渕研究員を迎え、体制も充実しました。


相談内容によっては、私たちがお伺いしての現地調査も行ないます。この写真は、ある収蔵庫で微生物調査を行なっている様子です。

初年度は、相談対応に専念しながら、〈ぶんかつ〉の存在を周知していくという、いわば助走期間でしたが、2年目の2019年度は事業の本格化と拡充を図ることとなりました。「53条調査」と呼んでいる、特別展等のためにミュージアムが他の所有者から国宝や重要文化財を借用する際に必要な事前の環境調査が、東文研から〈ぶんかつ〉の事業に移管されました。また、同じく東文研が昭和59年から毎年、7月の2週間にわたって開催している「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」が、〈ぶんかつ〉との共催となりました。さらに、〈ぶんかつ〉の新規事業として、全国でも数少ない、保存管理に専従する学芸員や文化財保存の研究者を対象とした「保存環境調査・管理に関する講習会」を、年2回ペースでの開催を目標にスタートしました。


2019年7月に実施した「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」のひとコマ。この時はまだ、感染対策など想像もしなかったものです。


2019年12月に実施した、資料保存用資材としての中性紙をテーマとした「保存環境調査・管理に関する講習会」では、講義に加えて、参加者に保存箱の組み立てなども行なっていただきました。

3年目の2020年度は、これらの事業を軌道に乗せ、さらに充実を図るはずでしたが、私たちも例外ではなく、新型コロナウイルスの影響を受けることとなりました。「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」は、幸いにも10月前半に開催することが叶いました(オリパラ期間を避けるために、予め10月開催としていました)。ただし、参加者は例年よりも大幅に減らさざるを得ませんでした。「保存環境調査・管理に関する講習会」は、緊急事態宣言の発令により無期延期を余儀なくされました。多くのミュージアムで展覧会が中止や延期となったために、例年は50件前後の「53条調査」は、この年度は15件に留まりました。

一方で、相談件数は、目立って減ることはありませんでした。休館しても文化財の保存管理がストップすることはありませんので、当たり前といえばそうなのですが、ある学芸員の方から「長期休館をきっかけに、長年の懸案だった収蔵庫の整理にあたることができた。」と聞いたときは、保存管理の現実を垣間見るようでした。移動自粛要請のため、必要と感じながらも、現地調査が出来なかった案件があったことは心残りです。

さらに、2020年4月23日に感染防止対策に関する問い合わせに対応するため、文化庁、東文研と共同で相談窓口を設けました。国の機関として、3者が共通の認識を持って対応するためです。感染防止のための消毒薬剤の使用や換気は、一方で安定した保存環境を揺るがしかねないものです。これらをどのように両立させるか、私たちにとってももちろん初めての、これまで想定したことのない事態であり、窓口開設に先立って何度も議論し、相談に対しては、個々のミュージアムの実情を把握したうえで丁寧に対応するよう心掛けました。

今年度は、まだまだコロナ禍の中ではありますが、「53条調査」の依頼は例年並み、ひょっとしたら上回るペースで頂いています。ミュージアムでの感染対策が、来館者のご理解を得ながら功を奏していることや、ワクチン接種が進められたこともあってか、展覧会の開催の目途が立ってきたものと考えています。
「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」は今年度より、「基礎コース」、「上級コース」の2コースに分けて開催することになりました。〈ぶんかつ〉が基礎コースを、東文研が「上級コース」を担当します。「基礎コース」は環境管理に特化した初学者向けの研修とし、参加機会を増やすために、1週間で同じ内容を年2回行なうことになりました。

また、これまでの2本柱に加えて、「保存環境管理に関する基礎的な調査研究」を事業としてスタートしました。保存環境に関する相談には、主にこれまでの知見や経験をもとに対応しているのですが、前例のない事案は、原因や対処をゼロから探る必要があります。そのために、特に緊急性の高い、または多くのミュージアムで顕在化しているような問題について、独自に調査研究を行なうこととしました。


展示ケースの内装などに使われるクロスからのアンモニアガス放散量調査の様子。〈ぶんかつ〉には実験室がありませんので、執務用机の空いているスペースなどを有効利用して行なっています。

長くなってしまいましたが、ここまで薄れゆく記憶を掘り返しながら、3年間を振り返ってみました。それなりに充実を図ってきましたが、まだまだ充分とは思っておりません。現在は主に学芸員を対象としていますが、今後は学生さんなど、次を担う若い人たちに関心を持ってもらうためのセミナーや「見える化」といった事業が必要と考えています。

また、現在は保存環境をメインに相談対応を行なっていますが、こと文化財についていえば、「保存」は適切な取り扱い、移動、展示方法、収納、収蔵方法、防災、防犯、修復など、とても多くの要素を包括する概念です。保存担当として、今後は保存環境以外の要素にも徐々に対応できる体制も作りたいと個人的には夢見ています。この世にミュージアムがある限り、「保存」は一番の責務であり続けます。私たちも、これからも変わらず、ミュージアムでの「保存」のよきサポーターであり、パートナーであり続けることを決意します。

次回のブログは貸与促進担当よりお送りします。どうぞお楽しみに。