人と文化財を守るためのミュージアムにおける感染対策
保存担当より発信するブログは、3月10日以来のごぶさたです。その頃の東京は初春の穏やかな日々でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、上野公園も人の姿はまばらで、ひっそりと静まり返っていました。
東京都からの自粛要請により、東京国立博物館(トーハク)は2月26日をもって臨時休館に入りました。全国のミュージアムも、特に4月13日に全国に対象が拡大された緊急事態宣言により、そのほとんどが休館となりました。
ただ、展示室の照明は消えても、空調は回り続け、職員は定期的に温湿度などの環境をチェックしなければなりません。文化財保存のための厳密な環境管理は、ミュージアムの日常の業務であり、休館中でもストップすることはないのです。ただ、この日常を続けるとともに、勤務する職員、さらに、再開後の来館者の感染防止対策が必要となりました。文化財活用センター保存担当には、3月終わり頃よりミュージアムなどからの相談が寄せられるようになり、4月23日以降は文化庁、および東京文化財研究所と共同の相談窓口を設け、対応にあたりました。
不特定多数の人が出入りする施設での感染対策の基本は、「感染の疑いがある人の利用をお断りすること」、「いわゆる3密(密閉、密集、密接)の回避」、および「共有スペースのこまめな清掃、消毒」の3つです。もちろんミュージアムも例外ではありません。ただ、先にも述べたように、文化財保存のための厳密な環境管理が必要なミュージアムでは、「密閉の回避」と「消毒」については、どうしても慎重にならざるを得ません。
ミュージアムの建物は、適正な温湿度の維持と、粉塵や虫、微生物などの流入を防ぐために、気密性の高い設計となっています。密閉回避のための換気は、環境の乱れによる保存上のリスクを考慮したうえで、その方法や外気の取入れ量を検討しなければなりません。また、消毒は、文化財の材質への影響を考えたうえで、薬剤と処置方法を定め、また、頻度や範囲を最小限に留めることが必要です。
したがって、ミュージアムにおける対策は、「来館者の健康チェック」、「密集、密接の回避」、さらに、消毒の必要を減じるための、備品などへの接触や飛沫防止に力点を置いた感染リスク低減に努めることです。事前予約制や観覧時間の制限、入館前の体温チェックと手指消毒、マスク着用やソーシャルディスタンス確保のお願い、ソファーの撤去や使用禁止の張り紙、展示ケースの周囲に設けられた結界などは、まさにそのためです。
「一度お手に取ったチラシ類は、元に戻さず、回収ボックスへお入れください。」このような対策の積み重ねが、感染から人を守ることにつながります。(トーハク平成館内にて)
これまでに50件近い相談が窓口に寄せられました。建築や設備などの状況を詳しくお尋ねしながら、個々の事情を考慮した対応に努めています。内部を公開している歴史的建造物や、図書館・公文書館といった施設からの相談もありました。これらの施設については、展示ケースのガラス越しに文化財を鑑賞するミュージアムとは異なる文化財の活用のされ方、人との関わり方も最大限に尊重した上でのアドバイスが必要と心得ています。
感染から人を守ることが最優先ですが、文化財を良好な状態で次世代に引き継ぐというミュージアムの使命のため、来館者の行動制限に重きを置いた対策にならざるを得ません。窮屈に感じられる方も少なくないと思いますが、ご理解いただければと存じます。新型コロナウイルスに終息の兆しはまだ見えませんが、少しでも早く、皆様がふらっとミュージアムに立ち寄り、楽しむことが出来るような、かつての日常が戻ることを願うばかりです。
トーハク正門から見た、10月26日の上野公園。最近はイベントも行なわれるようになりましたが、まだまだ、コロナ以前の賑わいには程遠い光景です。
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- 2020年11月13日 (金)