ぶんかつブログ

室瀬和美先生に聞く〈冬木小袖〉修理プロジェクトへの思い

蒔絵(まきえ)の重要無形文化財保持者(人間国宝)室瀬和美先生へのインタビュー後編です。
今回は先生が長年関わっていらっしゃる文化財の修理について、また〈冬木小袖〉修理プロジェクトについて、メッセージをいただきました。

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室瀬和美先生、文化財活用センターにて

ひとつ作ったら、ひとつ修理

―室瀬先生が、古い文化財の修理に精力的にかかわっておられるのはなぜでしょうか。

私が卒業した東京藝術大学は、東京国立博物館が近くて、古典の素晴らしいものをいつでも勉強することができたんですね。松田権六先生とか、田口善国先生に「古いものから学ぶものだよ」と常に教わってきました。 自分の一生というのはたかだか100年です。ところが漆の作品というのは千年生きるものなのです。普通に扱っても400~500年は保ちます。 「自分の作ったものが壊れたときに、自分で直せないんだよ。400年、500年前に作った人は、壊れたら直してもらいたいと思うだろう。自分が作ったものを将来の人に修理してもらいたいと思うならば、400年、500年前に作られたものを直してあげなさいよ」と、先生に教わってきたんですね。確かに。ごもっとも。

これは、逃げられないなと思いました。それで、自分が未来に残せる作品をひとつ作ったら、過去に作られたものをひとつ直すということを心掛けて、創作と修理の両輪をやることにしたのです。
そして、修理に関わってみたら、たくさん学ぶことがありました。壊れたものというのは、表面には見えないところにどんな素材を使っているのか、どれだけの手間とどれだけの思いが入っているかという、私たち制作者にとってかけがえのない情報を教えてくれるのですね。

いま、私たちが教わっている制作技術は、ほとんど江戸の中期から明治以降のものです。それ以前の技法・材料は全然伝わっていません。でも、修理に携わる場合は、数か月、1年と作品を預かりますから、直しながらじっくり勉強できる。そうすると、「今まで教わったのと全然違う材料を使っている」とか、「全然違う技法でやっている」とか、わかるのです。

人から教わるのでのではなく、ものから教わるのです。もちろん、ものはしゃべらないので、こちらから一生懸命アプローチしていくわけです。文化財から教わったことを、自分の作品で証明していく、生かしていくということが、自分自身のテーマになってきました。50歳くらいからですね。

光琳模様に込めた思い

―「〈冬木小袖〉修理プロジェクト」について、ご協力いただき、ほんとうにありがとうございます。このプロジェクトに寄せる先生の思いをお聞かせください。

小袖のデザインは、私たちが勉強している桃山から江戸初期の蒔絵の模様に通じるものがあります。工芸には染織・金工・漆・木工などがあり、それぞれ素材や技法が違いますが、生活に根差した美を求めていくという点は共通しています。
尾形光琳(おがたこうりん)の、屏風や着物、蒔絵から、日常の扇子、団扇(うちわ)まで、一人で実践していく幅広い表現、ものを作っていく姿勢には学ぶところがたいへん大きい。〈冬木小袖〉は、ある意味、そういった工芸のあり方を象徴するきものだと思います。
また、長年文化財の修理に関わってきた者として、光琳の小袖の修理プロジェクトには、何らかの形で応援できればと思い、協力させていただきました。

箸置きには蒔絵を施していますが、ひとつには〈冬木小袖〉の桔梗と芒の模様を、もうひとつには、同じく光琳の代表作のひとつである「紅白梅図屏風」(MOA美術館蔵)の中央に描かれた波文様、いわゆる「光琳波」をデザインしました。唐木の箸と組み合わせることで、箸を橋に掛け、その下を流れる水を表現しています。使う方が「〈冬木小袖〉の修理に参加したんだ」と実感してくださればよいなと思っています。

「〈冬木小袖〉修理プロジェクト」の返礼品のひとつ、箸と箸置きのセット
箸置きには〈冬木小袖〉の模様と光琳波の蒔絵が施されています。箸は唐木の箸を大小のセットでご用意しております。

作品は人と人とのコミュニケーションツール

―最後に、この記事を読まれているみなさんへのメッセージをお願いします。

工芸には、必ず使う相手がいます。使う相手が喜んでくれて、自分も喜びをデザインしていくという世界です。作品は、自分一人の主張ではなく、作り手と使い手のコミュニケーションツールです。私はそれが日本の美をつくってきた文化だと思います。

私は工芸の分野に入って、何が良かったかな、と思うと、人と人との思いとか気持ちを、言葉にかえて美として表現し、人間の仲立ちに生かせたことです。工芸はこれからの世界には必要不可欠な、一番大事な美の中心となってくると思っています。
日常のなかで工芸品を使っていただくときに、そんな思いを感じていただければ嬉しいです。もちろん、この箸置きを使ってくださる方にも、そんな思いが伝わることを願っています。


「工芸はコミュニケーションツール」と語る室瀬和美先生

みなさんの思いで、文化財を未来に伝える〈冬木小袖〉修理プロジェクト。作品を通じて人と人がコミュニケーションをする、時代を超えて人と人がつながる、日本の工芸のあり方そのものと通じるものがあるように思えました。
皆さまの温かいお気持ちをお待ちしています。

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▷ブログ「室瀬和美先生に聞く『工藝2020』に寄せて」(インタビュー前編)の記事を読む