ぶんかつブログ

ミュージアムと文化財の生物被害

自然に生息する生物は、時として文化財を加害・汚損することがあります。ミュージアムでは特に紙や木などの有機材料からなる資料に虫やカビによる生物被害が発生しやすく、被害を受けると二度と元の状態には戻りません。したがって、文化財をはじめとする博物館資料を虫やカビから守ることが重要です。

自然界では枯れ葉、枯れ枝などの枯死植物を食べる虫は、木彫像のような木製文化財を食害することがあります。木製文化財が虫に加害されると虫食い穴ができるだけでなく、内部までトンネル状に食い荒らされることもあり、場合によっては崩れて消失してしまいます。また古紙や古本が虫にかじられて穴が開いているのを目にしたことがある人も多いと思います。古文書が加害されると書かれていた文字が読めなくなり、地域の歴史を伝える重要な証拠が失われてしまいます。
このように文化財や歴史的な資料を加害する虫を「文化財害虫」と呼んでいます。ミュージアムでよく見られる文化財害虫には、シバンムシ、カツオブシムシ、ゴキブリ、キクイムシ、シミ、ヒョウホンムシ、チャタテムシなどがいます。


藁製品に発生したシバンムシ

カビは菌類の一部で、一般的にカビといわれるものの多くは、菌糸(菌類の体を形作るもの)と胞子からなり、胞子によって増殖します。目には見えませんが、カビの胞子は日常から空気中に浮いており、例えば夏の屋外の空気1㎥あたりには数千個以上のカビの胞子が含まれています。また土壌1gあたり1億個以上の微生物が存在するともいわれており、その中にはもちろんカビも含まれます。
空気や土埃などとともにミュージアム内に入ってきたカビの胞子は、温度湿度・養分などの生育環境が整えばどこでも発生・成長します。特に絵画などの画面にカビが発生してしまった場合には、菌糸・胞子や代謝物によって汚損され、これらは完全に除去することが難しく、鑑賞に支障をきたすこともあります。カビの種類によっては紙のセルロースを分解し紙質を低下させるおそれもあります。また地震や豪雨などの災害により文化財等が水損した際にも、カビは大きな問題となります。


空調の吹き出し口に発生したカビ

災害で水損した資料に発生したカビ

日本では古くは曝涼(ばくりょう)、つまり虫干しによって、虫・カビなどの生物被害から文化財を守るための対策を行なってきました。これは風通しとともに点検の意味も含む管理方法です。日本のミュージアムでは1960年代ごろから、化学薬剤を用いた定期的なガス燻蒸(くんじょう、有毒ガスでいぶして殺虫・殺菌すること)が行なわれ、年に1回程度、大量の資料とともに収蔵庫や展示室ごと一括で殺虫・殺菌処理をしてきました。ただし処理後に殺虫・殺菌効果は残らないため、せっかく燻蒸しても収蔵庫や展示室の環境が悪ければ、またすぐにでも生物被害が発生してしまいます。薬剤によるガス燻蒸は、日ごろの適切な環境管理があってこそ効果があるものです。

近年ではIPM(Integrated Pest Management: 総合的有害生物管理)による環境管理を行なう館が増えています。IPMは日常的な管理を主体とした生物被害対策で、生物モニタリング(ミュージアム内に侵入する虫・カビの種類、個体数等の定期的な観測・調査)を含め、さまざまな手法を組み合わせることで生物被害の低減と予防を目指します。また被害が発生した場合には、被害の状況、資料の性質や分量などを個別に判断して、二酸化炭素殺虫処理などガス燻蒸以外の手法も含めて対処法を検討し、合理的かつ文化財や人間、環境への負荷の少ない手法を選択します。

ミュージアムの生物被害対策は館全体で取り組む必要があるため、学芸員だけでなく事務系職員や設備管理・清掃・監視などの職員、ミュージアムにも対応できる環境・建物衛生管理業者などとの連携が欠かせません。また地域には博物館資料の保存に協力したいと考える方も多く、IPMにボランティアの協力を得ることもあります。IPMへの市民参画は多くの目で生物被害をチェックできるだけでなく、文化財を保存・継承していくことの社会的合意を得ることにもつながるのではないかと期待されます。


ボランティアによる館内の文化財害虫の点検

文化財活用センター〈ぶんかつ〉には、全国のミュージアムから生物被害やIPMに関する相談が寄せられ、必要に応じた調査協力を行なっています。今後も、生物被害対策について課題や不安を持つ全国のミュージアムのよき相談相手となり、保存と活用による文化財の保護を推進していきます。

カテゴリ: 文化財の保存