ぶんかつブログ

「鉄の名工 越前明珍」に、各地の明珍作品が大集結!

「越前明珍」(えちぜんみょうちん)についてご存じでしょうか。「越前」は、現在の福井県北部の旧国名で、福井(現在の福井市)に城を築いた越前藩(福井藩)を指しています。もう一方の「明珍」は何でしょう。これは鎧や兜を作る甲冑師(かっちゅうし)の一派の名前です。
平安時代末期に京都で活躍した一派から始まったとされ、室町時代には有力武士と結びついて勢力を拡大し、江戸時代に入ると江戸をはじめ、高知、広島、姫路、金沢、仙台、弘前など全国に広がり、各地で藩のお抱(かか)えとなって腕を振るいました。ですので、「越前明珍」は、越前藩・松平家のお抱えとなった甲冑師のことで、代々「明珍小左衛門(こざえもん)吉久(よしひさ)」を名乗り、鉄を熱して鎚で叩き形を作る鍛鉄(たんてつ)の技術を活かして、甲冑や刀の鐔(つば)、馬具などを製作しました。

明珍派の作例の一つに、自由自在に動かすことができることから、今日「自在置物(じざいおきもの)」と呼ばれる置物があります。これと越前明珍の手になる「魚鱗具足(ぎょりんぐそく)」が深く関連しているのではないかという視点が、この「鉄の名工 越前明珍」と題する展覧会(~12月1日まで)のポイントで、魚鱗具足をはじめ、多くの自在置物が福井市立郷土歴史博物館の会場に並びました。


土蔵をイメージした福井市立郷土歴史博物館の外観


幕末の名君・松平春嶽公がお出迎え


会場風景

文化財活用センター〈ぶんかつ〉の令和6年度の国立博物館収蔵品貸与促進事業により、東京国立博物館からは、紀年銘(製作年代を示す銘文)のある最古の自在置物である「自在龍置物」をはじめ、6点の文化財が貸し出されました。


自在龍置物 明珍宗察作 江戸時代・正徳3年(1713) 東京国立博物館蔵

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自在置物は、金属で作られたパーツを、あそびを作った上で鋲(びょう)で留め、可動させるのが一般的な作りですが、前述の魚鱗具足も越前明珍の作品は、家地(いえじ)と呼ばれる生地に札(さね)を縫いつける他の魚鱗具足と構造が異なっていて、鉄でできた鱗形の札同士を鋲で留めています。伸縮するように作られている部分もあり、これは自在置物と非常によく似た作りといえます。

今回展示されている越前松平家伝来の「自在龍置物」(越葵文庫所蔵、福井市立郷土歴史博物館保管)が、同家伝来の「魚鱗具足」(越葵文庫所蔵、福井市立郷土歴史博物館保管)を手掛けた4代吉久の作とすれば、4代の活躍期は元禄年間(1688~1704)辺りなので、ここに自在置物の発祥を見ることも不可能ではないといえます。

東京国立博物館所蔵の「自在龍置物」は正徳三年(1713)、明珍宗察(むねあき 1682~1751)が江戸の神田で製作したという銘文があり、この大作の先輩に当たるのかもしれません。ちなみに明珍宗察は後に広島藩浅野家に抱えられたそうです。


自在龍置物 伝明珍吉久作 江戸時代・17~18世紀 越葵文庫蔵、福井市立郷土歴史博物館保管


魚鱗具足 明珍吉久(四代)・岩井勝右衛門作 江戸時代・18世紀 越葵文庫蔵、福井市立郷土歴史博物館保管

そのほかにも、自在置物では、明珍清春(きよはる)の銘があり、翼を広げ首を回すことができる「自在鷹置物」、明珍宗清(むねきよ)の銘があり、胴を丸めたり、脚や触角を動かしたりすることができる「自在伊勢海老置物」、近代に輸出工芸として多くを送り出し、虫に優品の多い高瀬好山(たかせこうざん 1869~1934)の「自在蟷螂(とうろう)置物」が東京国立博物館から貸し出されています。


自在伊勢海老置物 明珍宗清作 江戸時代・18~19世紀 東京国立博物館蔵

伊勢海老は、伊勢海老としては小振りなサイズなのですが、会場にはキングサイズの「古銅海老香炉」(越葵文庫所蔵、福井市立郷土歴史博物館保管)も。後半は高瀬好山や同じ京都の冨木(とみき)派の宗好(むねよし)、宗義(むねよし)の虫たちが並んで賑やかです。

ところで、「自在龍置物」の作者・明珍宗察の本領がわかる作品も、会場には並んでいます。享保六年(1721)の銘がある「甲冑金物」がそれで、甲冑の籠手(こて)の部分を鉄の打ち出し(鍛造)で作っています。ここにも龍が目を光らせていて、戦のなくなった平穏な時代にも、強い力に頼ろうとした武士の心根が見えますね。
紺糸裾紫糸威大鎧(こんいとすそむらさきいとおどしおおよろい)(個人蔵、福井県立歴史博物館保管)も明珍宗察の作で、甲冑全体を見ると、その力量がよくわかります。

甲冑金物 明珍宗察作 江戸時代・享保6年(1721) 東京国立博物館蔵

「鳳凰舟形香炉(ほうおうふながたこうろ)」は明珍宗頼(むねより)の作。明珍宗頼については詳しいことはわからないのですが、鍛造の技法で均整の取れた鳳首の船を作り、宝珠(ほうじゅ)のつまみの蓋を設けて香炉としています。平和な時代に、甲冑製作で培った鍛鉄の技術を応用して、こうしたものも作っていたのですね。


鳳凰舟形香炉 明珍宗頼作 江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵

展覧会のキャッチフレーズに「謎多き、鉄の芸術」 (ゲージツではありません・筆者注)とあるように、他とは異なる越前明珍の魚鱗具足の謎、自在置物の発祥にかかわる謎など多くの謎が秘められたこの展覧会。代々の明珍小左衛門吉久が得意とした「自在鯉置物」が並んでいるもの見応えがありますし、最後を締めくくる越前・福井で活躍した名工の甲冑や鐔の数々も壮観です。

越前明珍を糸口に、「くろがね」の異称を持った鉄製品の魅力や可能性にも触れられ、そして豊かな地方の大名文化に触れられるまたとない機会です。博物館のすぐ隣は、松平家の藩主がくつろいだ「名勝 養浩館庭園」。紅葉の見頃を迎えますので、あわせて大名気分を味わって下さい。

「鉄の名工 越前明珍」

会期 2024年10月19日(土)~ 2024年12月1日(日)

会場 福井市立郷土歴史博物館(福井県福井市宝永3丁目12-1)

開館時間 10/19~11/5は9時〜19時、11/6~12/1は9時~17時 (入館は閉館の30分前まで)

休館日 会期中は無休

観覧料 一般800円、高校・大学生600円(団体はそれぞれ2割引)
※中学生以下、70歳以上、障がい者とその付添人は無料

福井市立郷土歴史博物館・公式サイト https://www.history.museum.city.fukui.fukui.jp/

福井市立郷土歴史博物館・Facebook https://ja-jp.facebook.com/fukuihistory/

福井市立郷土歴史博物館・X https://x.com/FukuiHistory/

 

 

カテゴリ: 文化財の貸与