ぶんかつブログ

ヘビを自在に動かしたい

自在置物(じざいおきもの)をご存知ですか?
鉄や銅などの金属で生き物を写実的に表した置物です。江戸時代から昭和期にかけて盛んにつくられ、カマキリやチョウ、ヘビ、コイといった身近な生き物から、イセエビ、タカ、さらには龍や鯱など想像上の生き物まで、さまざまな種類の自在置物があります。


自在蛇置物 宗義作 鉄鍛造 昭和時代・20世紀 東京国立博物館


自在蟷螂置物 高瀬好山作 銀鍛造 大正~昭和時代・20世紀 東京国立博物館

しかも、ただの置物じゃないんです。なんと実際の生き物のように、頭や胴、手足などを自由自在に動かすことができます(自在に動くので、「自在置物」と呼ばれています)。たとえば昆虫の場合、頭、胴体、足、触覚という具合に、細かいパーツに分けて形をつくり、組み立てているためです。ひとつひとつのパーツは熱した金属をたたいて形を整える、鍛造(たんぞう)という技法からつくられています。すごい技術ですね。
自在置物は江戸時代以降、大名など有力者からの依頼を受け、それまで鎧などを制作していた甲冑師の手によってつくられるようになったと考えられています。当時の用途はよくわかっていませんが、かつての持ち主はきっと、自在置物にさまざまなポーズを取らせて楽しんでいたことでしょう。

東京国立博物館にはこうした自在置物の名品が収蔵されています。そのひとつが「自在蛇置物」。鉄鍛造でつくられた、体長1メートルほどのヘビです。体をにょろにょろとくねらせたり、とぐろを巻いたり、ヘビは自在置物の中でも特になめらかに動かすことができます。
…とはいえ、大切な文化財ですので、ふだんの展示ではもちろん動かすことはできません。でも、動かしてみたいですよね?? そこで、自在置物の大きな魅力である「動かす」をかなえるべく、複製づくりに挑戦しました。

どうやって複製をつくる?
超絶技巧ともいえる技術によってつくられた自在蛇置物。できる限り実物のかたちを再現したいものの、当然のことながら本物の作品を分解して形状や構造を確認することはできません。そこで、CT画像(X線を使用し、対象物の中の立体的な構造が分かるように撮影したもの)をもとにデータを作成し、3Dプリントでの造形を試みることに。3Dプリンターで出力できる素材としてよく知られているのは樹脂ですが、自在蛇置物は鉄製であることから、金属の質感を出すためにステンレスで造形することにしました。

細かすぎる…!ヘビのしっぽ


複製尻尾の3Dデータ

複製胴体の断面イメージ図

複製のために作成した尻尾部分の3Dデータと、その断面図をご覧ください。自在蛇置物の胴体から尻尾にかけては、ヘビを輪切りにしたように、片方の先がギザギザとした鱗になっている筒状のパーツを重ねて鋲で留めることを繰り返し、形を作っています。各パーツの両端は、鋲で留めるほうの直径が、鱗の形になっているほうの直径よりも少し小さくなっています。つまり、先が少しすぼんでいる筒状の鱗パーツを重ねていくと、重ねたパーツの間には少しずつ隙間ができるので角度を変えることができ、これを長く連ねていくことで、ヘビのにょろにょろとした動きを再現しているというわけです。
3Dプリントで懸念されたのが、造形の際にこの隙間がつぶれてしまわないか?という点です。何しろ、ヘビの尻尾の部分はパーツそのものがとても小さいのです。CTデータからパーツの大きさを測ってみると、なんと先端の直径は約2ミリ。これほどまでに小さなパーツを造形する際に、可動性の鍵となるパーツ同士の隙間を保つことができるのか…挑戦です。
ところで、かつて自在蛇置物を手がけた職人は、いったいどうやってこの米粒のようなパーツをつくり、つないでいったのでしょう?実物は目を凝らしても鋲で留めた痕跡が分からないほど精巧に作られています。まさに神業ですね。

発見、自在の工夫
CT画像をもとにデータを作成する中で分かったことがいくつかあります。
たとえば、ヘビの胴体の太さをどのように変えているのか。各パーツの鱗の数を数えてみると、胴を太くする場合には、鱗の数を「12、13、12、13、14、13、14、15、14、15、16…」という具合に増減しています。単純に一つずつ鱗を増やすのではなく、同じ数を挟みながら徐々に増やしていくことで、なだらかに太さが変わるよう調整しています。ちなみにヘビの胴体から尻尾にかけては、頭部を除いて222ものパーツでできていました。滑らかな動きにするためにたくさんのパーツをつないでいることがわかります。


自在蛇置物 鱗部分の拡大写真

さらにパーツ同士をつなぐ鋲の向きに注目してみると、胴体から尻尾の大部分は水平に鋲を打っているのに対し、頭部から少し離れた首まわりでは垂直に鋲を打っていることがわかりました。これはヘビの動かし方を考慮したものだといえるでしょう。にょろにょろという横方向の動きを再現するには水平に鋲を打つのが効果的です。一方、垂直に鋲を打つと縦の動きがしやすくなります。つまり、頭を持ち上げるというヘビの動きを想定して、首まわりの鋲の打ち方を変えたのだと考えられます。ヘビ一匹の中にもさまざまな工夫が見て取れます。

完成!自在蛇置物複製(プロトタイプ)
いよいよ、完成した複製の姿を披露しましょう。


自在蛇置物複製(プロトタイプ)
金属製 株式会社SELECT D(3Dデータ作成)、協栄産業株式会社(造形) 2022年

いかがでしょう?外見はなかなかよくできているのではないでしょうか。
実物と並べてみます。


上が実物、下が複製です。

あれ?各パーツは実物と同じサイズになるようデータを作成したにもかかわらず、複製の方が少し長いですね。
さらに、とぐろを巻いてみると…


左が複製、右が実物です。

一目瞭然、実物の方がしなやかに曲がります。造形の際にできてしまう「バリ」(原型にはない不要な部分)が取り切れず、可動性に影響しているのかもしれません。図らずも、現代の技術を凌駕する職人の技量を目の当たりにする結果に。本物はやっぱりすごい!

金属3Dプリントによる自在蛇置物の複製づくり。プロトタイプ(試作)という名前のとおり、満点の出来映えというわけにはいきませんが、今回得た成果と課題をもとに、現在改良版の制作を進めています。また、自在蛇置物複製を活用した貸し出し用展示キットづくりも進行中。どうぞお楽しみに。

関連情報
東京国立博物館本館13室では、2024年2月4日(日)まで以下の自在置物を展示します。ぜひご覧ください。


自在龍置物 明珍宗察作 江戸時代・正徳3年(1713)


自在鷹置物 明珍清春作 江戸時代・18~19世紀

*2023年12月5日(火)~12月24日(日)まで、13室は展示環境整備のため閉室します。
*年末年始は12月25日(月)~2024年1月1日(月・祝)まで休館します。

関連ブログ「いよいよのびのび、自在置物!」(1089ブログ)
https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2015/07/03/%E8%87%AA%E5%9C%A8%E7%BD%AE%E7%89%A9/

カテゴリ: 複製の活用