桑名で奏でる「やまと絵のしらべ」展
大寒を経て、春の訪れが待ち遠しい季節となりました。
三重県の桑名市博物館では現在、新たな春を迎えるにふさわしい風雅な展覧会「やまと絵のしらべ ―帆山花乃舎と復古大和絵―」(~2/27まで)が開催されています。
桑名市博物館 外観
展覧会タイトルにある帆山花乃舎(ほやま・はなのや/1823~1894)は、来年で生誕200年を迎える桑名出身の画僧です。
江戸時代後期、古画の研究と古典学習を糧にやまと絵の復興を試みた「復古大和絵派」が誕生しました。復古大和絵派の祖・田中訥言(たなか・とつげん/1767~1823)に師事した渡辺清(わたなべ・きよし/1778~1861)と浮田一蕙(うきた・いっけい/1795~1859)。そして彼らに続く人物として、花乃舎の名が挙げられます。
「やまと絵のしらべ」展では、訥言、清、一蕙らの作品とともに、復古大和絵派第三世代ともいえる花乃舎の画業を振り返ります。
「やまと絵のしらべ」展 チラシ
▷「やまと絵のしらべ―帆山花乃舎と復古大和絵―」の開催概要をみる
本展は令和3年度国立博物館収蔵品貸与促進事業のひとつで、東京国立博物館(トーハク)から浮田一蕙筆「飾馬図」や、京都国立博物館から渡辺清筆「薬玉図」など、18件の文化財をお貸し出しするとともに、文化財活用センター〈ぶんかつ〉が輸送費や保険料等を支出しています。
桑名市博物館ではこれまで、地元出身の花乃舎を顕彰する展覧会を、1994年、1997年、2002年そして2009年と精力的に開催されてきましたが、花乃舎が学んだ復古大和絵派の絵師、渡辺清や浮田一蕙らの作品も併せて展示する試みは今回が初めてとのこと。
浮田一蕙筆「飾馬図」江戸時代・19世紀、東京国立博物館蔵
渡辺清筆「薬玉図」江戸時代・19世紀、京都国立博物館蔵
「初めて花乃舎の名前を知った」という方のために、まずは彼の経歴を簡単にご紹介しましょう。
文政6年(1823)、桑名に生まれた花乃舎は本名を唯念(ゆいねん)といいました。「花乃舎」は画号です。
幼い頃より絵を好んだ花乃舎は、嘉永2年(1849)より桑名の真宗高田派・䑳崇寺(りんそうじ)の住職を務めながら、復古大和絵派に連なる絵師として桑名を中心に制作を続けました。
万延元年(1860)には、幕府の御用絵師である狩野栄川院典信の家に伝来したとされる「平治物語絵巻」六波羅行幸巻の模写を行なっています。この花乃舎による模本は現在、名古屋市博物館が所蔵しており、落款に「持名院法橋唯念摹」とあることから、万延元年時点で花乃舎が法橋の位を授かっていたことがわかります。
▷名古屋市博物館コレクション 資料紹介
帆山唯念(花乃舎)「平治物語絵巻」六波羅行幸巻(模本)
http://www.museum.city.nagoya.jp/collection/data/data_72/index.html
(※「やまと絵のしらべ」展には出品されていません)
明治14年(1881)開催の第2回内国勧業博覧会へ「嵐山春景扁額」を出品した花乃舎は、全国的にもその名を広めました。
日本画の振興を目指して結成された東洋絵画会の機関誌『東洋絵画叢誌』をひらいてみますと、柴田是真や渡辺省亭らとともに、花乃舎の作品が収録されています。
帆山花乃舎画「賀茂祭勅使ノ圖」(『東洋絵画叢誌』第7集、明治18年〔1885〕より)
王朝文化を主題とした、復古大和絵派の絵師らしい作品です。
花乃舎は東洋絵画会の活動にも熱心だったようで、同会特別会員として自身の作品を2点寄贈したという記録も残っています。
なお、同誌に花乃舎の住所は「伊勢國奄藝郡一身田村」とあり、明治18年当時、現在の三重県津市一身田町に住んでいたことがわかります。これは、花乃舎が執事を務めた真宗高田派本山 専修寺が、一身田町に位置していることと関係しているのでしょう。
また、桑名の豪商・沼波弄山を陶祖とする萬古焼(ばんこやき)を再興した初代森有節(もり・ゆうせつ/1808~1882)に絵を教えるなど、花乃舎は地元の芸術の発展にも大きく寄与した人物でした。
「やまと絵のしらべ」展には、トーハク所蔵の初代森有節の萬古焼も出品されています。
初代森有節「黒楽不二文茶碗 「萬古」印」、江戸時代・元治元年(1864)、岡崎正也氏寄贈、東京国立博物館蔵
初代有節と花乃舎は15歳も年が離れていましたが、二人の交流は親密だったようで、花乃舎が手掛けた初代有節の肖像画や合作の煙草盆が、三重県・朝日町歴史博物館に伝わっています。
▷朝日町歴史博物館デジタルミュージアム
帆山唯念(花乃舎)筆「初代森有節肖像」 https://asahitown-museum.com/post-134.html
森有節作、帆山唯念(花乃舎)筆「煙草盆」 https://asahitown-museum.com/post-1920.html
(※「やまと絵のしらべ」展には出品されていません)
有節作品にみる花乃舎の影響についても、ぜひご注目ください。
ここで、本展を担当された桑名市博物館・学芸員の鈴木亜季さんよりお寄せいただいた、展覧会への思いとその見どころをご紹介いたします。
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桑名市博物館は、昭和46年(1971)に開館した桑名市立文化美術館を前身とし、その後増改築のリニューアルを経て、昭和60年(1985)10月1日に三重県初の市立博物館としてオープンしました。
この度は、桑名市立文化美術館の開館から50年を迎えたことを記念し、東京国立博物館、京都国立博物館の所蔵作品とともに、当館を代表するコレクションのひとつである帆山花乃舎の作品をご紹介いたします。
帆山花乃舎筆「桜狩図屏風」桑名市博物館蔵
帆山花乃舎は、桑名にある䑳崇寺(りんそうじ/真宗高田派)の住職を務めるかたわら、絵師としても活躍した画僧です。同時代を代表する絵師の浮田一蕙や渡辺清に絵を学び、幕末から明治にかけて次第にその才能を開花させていきました。
当館の花乃舎作品は、画僧ならではの仏教画題のほか、宮中の年中行事を描いた作品が多く、これまでも郷土ゆかりの画家として企画展を通じて紹介して参りました。
今回は、文化財活用センターの特別協力を得るとともに、国立博物館の所蔵作品を借用させていただき、復古大和絵派の潮流における花乃舎の位置づけをご紹介する展示構成といたしました。
平安時代以降の古典的やまと絵に規範を求め、積極的な模写による研究を重ねた絵師たちの優雅な王朝世界をお楽しみいただきたいと思います。
冷泉為恭模「伴大納言絵巻(模本)」中巻(部分)、江戸時代・19世紀、安田建一氏寄贈、東京国立博物館蔵
また、桑名を拠点に活動した花乃舎は、栗田真秀(くりた・まひで/1871~1942)などの地元の絵師や、桑名ゆかりの萬古焼の陶工・森有節にも絵を教えていました。
花乃舎の描く作品の人物や花鳥はどこか優しく、温和な表情をしています。そうした温順な画風は、花乃舎に学んだ弟子たちに引き継がれ、彼らの作品の中に息づいています。
復古大和絵における花乃舎と、地元桑名の絵師・花乃舎、そのふたつの魅力をぜひご堪能ください。
「やまと絵のしらべ」展 会場風景
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復古大和絵と花乃舎の温雅な世界を、地元・桑名でお楽しみいただける本展は2月27日(日)まで。 この貴重な機会を、どうぞお見逃しなく。
※本ブログ掲載の桑名市博物館外観、帆山花乃舎筆「桜狩図屏風」ならびに会場風景は、桑名市博物館よりご提供いただきました。
特別企画展「やまと絵のしらべ―帆山花乃舎と復古大和絵―」
会期 2022年1月22日(土)~2022年2月27日(日)
会場 桑名市博物館(〒511-0039 桑名市京町37番地1)
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 毎週月曜日
入館料 高校生以上500円、中学生以下無料
特別協力 独立行政法人国立文化財機構文化財活用センター、東京国立博物館、京都国立博物館
桑名市博物館・公式サイト https://www.city.kuwana.lg.jp/index.cfm/24,0,235,414,html
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- 2022年02月03日 (木)